「政治の世界でウィンウィンを理解せず、勝利者か敗北者かの二者選択しか理解しない政治家の場合、多国間主義者にとって、それらの政治家とうまくやるのは非常に困難だ」
ドイツで16年間、首相を務めたメルケル氏は昨年11月に独週刊誌シュピーゲル(11月23日号)のインタビューで、トランプ氏の米大統領選当選に「悲しい」とコメントしながら厳しいトランプ評を語った。特段、メルケル氏がトランプ氏嫌いなわけではない。欧州の政治家たちは程度の差こそあれトランプ氏に厳しい。選挙では民主党ハリス副大統領に圧倒的な人気があった。それが欧州の世論だ。
輸出大国ドイツでは「トランプ氏はわれわれの製品にも特別関税を課すだろうか」という懸念が多く聞かれる。トランプ氏はメディアで“関税マン”と呼ばれだしている。
トランプ政権で商務長官に就任するラトニック氏は、トランプ氏のキャッチフレーズ「偉大な米国の回復(MAGA)」について、「米国はいつ最も偉大だったか。それは1900年のことだ。125年前には所得税はなく、あったのは関税だけだった」と述べている。
トランプ氏は、世界貿易のルールを米国が有利なように再構築しようとしている。外国企業に米国内での生産を強要し、米国の隣人メキシコやカナダからの輸入品にも25%の関税を課すと発表している。トランプ政権にとって同盟国というステータスは経済活動ではあまり意味がないわけだ。これは米国の友人を自負する欧州諸国に対しても当てはまるだろう。
かつて日米貿易摩擦が生じた当時、交渉を担当する日本の外交官と米国側の間にパーセプションギャップ(認識ギャップ)があると指摘されたことがあった。米国と欧州の間でも程度の差こそあれ同じギャップがあることは間違いない。共和党大統領の場合はそのギャップは大きくなる。中でもトランプ氏の場合、ギャップはさらに膨張する。これは貿易だけではない。トランプ氏と欧州の大部分の政治家は相性が悪いのだ。
ドイツ民間放送ニュース専門局ntvウェブサイトのコラムニスト、ヴォルフラーム・ヴァイマー記者は、20日スタートする第2期トランプ政権の閣僚には少なくとも6人の億万長者がいると指摘した。彼らが主導してトランプ氏の「米国第一」「MAGA」を目指すわけだ。
同記者によると、トランプ氏はじめ政府効率化省トップに任命される世界一の富豪マスク氏、ラマスワミ氏、内務長官になるバーガム氏、教育長官に指名されたマクマホン氏、次期商務長官ラトニック氏らは、その政治能力は別として、米国の夢を実現した億万長者たち。果たして億万長者は平均的な米国民の願い、労働者の期待を理解しているだろうか。
しかし、大統領選で少なくとも億万長者の一人であるトランプ氏に多くの労働者が票を投じた。欧米間の認識ギャップはトランプ氏の再登場でさらに広がってきているのだ。
ただし、欧州は一つではない。右傾化する欧州ではトランプ氏はそのトレンドを扇動する政治家と受け取られている。ハンガリーのオルバン首相が大統領選中にもかかわらずトランプ氏と会談するなど、トランプ氏は欧州の右派政治家からアイドル視されてきた。
一方、東欧ポーランドやバルト3国は、ロシアの地政学的脅威に対抗するため、北大西洋条約機構(NATO)の防衛体制に依存している。トランプ次期政権によって米国の防衛義務に対する信頼性が低下すれば、これらの国々は独自の防衛力を強化する必要性に迫られる。大きな試練となる一方、新たな戦略的方向性を模索する契機ともなり得る。(ウィーン小川 敏)