トランプ次期米政権は中国に強硬路線を取り、貿易や安全保障に加え、人権問題も米中摩擦の焦点になる可能性が高い。中でも火種になりそうなのが、ある一人の人物を巡る対応だ。その人物とは、2021年に廃刊になった香港の日刊紙「リンゴ日報」の創業者、黎智英(れい・ちえい)氏(76)である。
黎氏は新聞報道を通じて中国共産党批判を続けた香港民主派の闘士。20年に香港国家安全維持法(国安法)違反の容疑で逮捕され、すでに4年以上も勾留されている。現在行われている裁判で終身刑が科せられる可能性がある。
トランプ次期米大統領は10月、保守派のポッドキャスト番組で、大統領に当選したら黎氏を釈放させられるかとの質問に「100%イエスだ。非常に簡単だ」と明言した。香港政府トップの李家超(り・かちょう)行政長官は、この発言を念頭に「相互尊重が重要だ。地元の内政に干渉すべきではない」と警告するなど、早くも米中間の懸案になりつつある。
米国の保守派が黎氏の釈放を強く求めるのは、同氏の投獄を民主派弾圧の象徴と捉えているからだが、それだけではない。黎氏が敬虔(けいけん)なカトリック教徒で、「宗教弾圧」と受け止めている側面もある。
英国籍の黎氏は、逮捕前に海外に逃れることもできた。だが、同じカトリック教徒の妻が「自分の十字架を背負わなければならない」と後押ししたこともあり、自ら獄中の道を選んだ。
こうした黎氏の信仰や夫婦愛、さらに獄中でわずかな紙と鉛筆を用いてキリストの絵を描いていることがメディアで伝えられ、米国内で共感を集めている。中国の弾圧に信仰で耐えるキリスト教徒を見捨てるという選択肢は、トランプ次期政権にはないだろう。
米国にとって人権擁護は外交の普遍的テーマだが、そこには政権の価値観が反映される。オバマ、バイデン両民主党政権はLGBTの権利拡大を最重要視したが、トランプ次期政権は信教の自由擁護を人権外交の柱に位置付けると予想される。
その背景には、トランプ氏の支持基盤であるキリスト教福音派がこれを強く求めていることがある。第1次トランプ政権は実際に、世界各地で迫害を受ける宗教の当事者らを集めた国際会議「信教の自由促進ミニストリアル」を2度開催した。
日本政府が信教の自由を重視するトランプ次期政権の人権外交と歩調を合わせられるか極めて疑わしい。世界平和統一家庭連合(家庭連合、旧統一教会)の解散命令請求を出した日本政府に対し、トランプ氏に近い有力者から批判が相次いでいるからだ。
トランプ氏の「宗教顧問」であるポーラ・ホワイト牧師は8日、有識者団体「国際宗教自由連合」(ICRF)日本委員会が都内で開いた集会に寄せたビデオメッセージで、米国務省や国連、国連NGOから日本に懸念が表明されていることを指摘し、「偉大な同盟国である日本に対し、すべての人々の宗教の自由を守るよう強く求める」と訴えた。
また、第1次トランプ政権で国際宗教自由大使を務めたサム・ブラウンバック氏は2月、本紙のインタビューに「旧統一教会は長年、共産主義と戦ってきた。中国は強固な反共の立場である旧統一教会のような団体に反対している。その意味でも、トランプ政権が再び誕生すれば、この問題により積極的に対応するだろう」と述べ、次期米政権は解散命令請求を「重要な懸念事項」として提起するとの見通しを示した。
信教の自由問題は、米中間だけでなく日米間の「トゲ」となる可能性が強まっている。
(信教の自由取材班)