トランプ前大統領の圧勝に終わった米大統領選を受け、民主党内にはハリス副大統領の敗因として、行き過ぎたトランスジェンダーの権利拡大などにより、庶民感覚から乖離(かいり)したとの指摘が上がっている。しかし、こうした見解を表明することで強い反発に直面するなど、自由な議論がしにくい状況も浮かび上がっている。(ワシントン山崎洋介)
民主党のセス・モールトン下院議員は7日に発表されたニューヨーク・タイムズ紙の記事の中で、「民主党は、多くの米国人が直面している課題について率直に話すよりも、誰も傷つけないようにすることに時間をかけ過ぎている」と述べ、同党がトランスジェンダー選手の女子スポーツ参加問題について反対することを避けてきたと指摘。その上で、「私は2人の小さな娘がいるが、彼女たちが男性や元男性のアスリートに競技場で突き飛ばされることは望んでいない。しかし、民主党員としてそれを言うのを恐れなくてはならない」と訴えた。
その後、この発言は、大きな波紋を呼んだ。まず自身の事務所の選挙責任者がこの発言に抗議して辞任。また、タフツ大学の政治学部長は、モールトン氏のオフィスでのインターンシップを学生に禁止する可能性に言及した。
同氏の選挙区があるマサチューセッツ州民主党のスティーブ・ケリガン議長は、ボストン・グローブ紙に対し、モールトン氏の発言は「わが党の広範な見解を代表していない」と語った。同州の民主党知事、モーラ・ヒーリー氏は、「政治的な駆け引きをしているだけだ」と述べ、「特に脆弱(ぜいじゃく)な子供たちを攻撃しないことが重要だ」とモールトン氏を批判した。また、党内では2026年の中間選挙で同氏への対抗馬を擁立する動きも出ている。
その後、モールトン氏は米ニュース専門ケーブルテレビ局MSNBCに「私はただ、民主党が大多数の有権者とずれていると思うことについて父親の立場から話しただけだ」とし、発言を撤回する考えはないことを強調。その上で「重要なのは、私が受けた反発が、党としてこれらの問題について議論すらできないことを証明している」と訴えた。
また同党のトム・スオッツィ下院議員も「民主党は極左に迎合するのをやめなければならない」と主張。「誰かを差別したくはないが、生物学的な男の子が女子スポーツでプレーすべきだとは思わない」と述べた。
米国では、かつて男子として出場していたリア・トーマス選手が22年の全米大学体育協会(NCAA)水泳500ヤード自由形の女子決勝で優勝したことで、女性選手から不満の声が上がるなど論争が高まっていた。その後も各スポーツでトランス選手が女子競技で上位に入るケースが相次いだ。
こうした中、昨年のギャラップ社の調査では、トランスジェンダー選手が性自認に基づき女子スポーツで競技することに反対する米国人は69%で、21年と比べ7ポイント上昇した。
こうした世論の後押しを受け、トランプ氏は選挙戦でトランスジェンダー問題を前面に出した。ハリス氏がかつて公費による性転換手術を支持したことを強調するテレビ広告に数千万㌦の資金をつぎ込んだほか、集会では「女子スポーツから男子を排除する」と繰り返し訴えた。
こうした批判が効果的だったことを示す調査結果も出ている。民主党系調査会社ブループリントによる大統領選後の調査によると、ハリス氏に投票しなかった理由として、「ハリス氏が中産階級を助けるよりもトランスジェンダー問題のような文化的な問題に焦点を当て過ぎた」が3位だった。
また保守系団体「アメリカのために懸念する女性たち」の出口調査によると、70%の有権者が「トランスジェンダーの男子が、女子スポーツに参加することや女子トイレを使用することに反対するトランプ氏の姿勢」が投票する際に重要な問題だったと回答した。
しかし、民主党内で急進的なトランスジェンダー政策見直しを求める声は、今のところ、広がりを欠いている。
急進左派のプラミラ・ジャヤパル下院議員は、同性婚の問題においても、最初は多くの人々が反対していたが、時間がたつにつれて世論が急速に変わり、支持が広がったと主張。今後もトランスジェンダーの権利拡大を推進するよう訴えた。