「異変」は、米大統領選投開票日の半年前から表れていた。
ニューヨーク市ブロンクス区の南西部に位置するサウスブロンクス地区。共和党のトランプ前大統領は今年5月、同地区にある公園で選挙集会を開いた。
サウスブロンクスはヒスパニックと黒人が9割以上を占める「民主党の牙城」。トランプ氏が集会を開くと発表すると、民主党から「サウスブロンクスではトランプ氏よりボストン・レッドソックスの方が人気がある」と揶揄(やゆ)された。ニューヨーク・ヤンキースの宿敵レッドソックスよりもトランプ氏は嫌われているというのだ。
ところが、ふたを開けると、会場を埋め尽くすほどの多くの住民が押し寄せた。大統領選でニューヨーク州は民主党のハリス副大統領が制したものの、この集会の様子は全米に衝撃を与えた。
「集会のエネルギーは圧倒的で、歴史的な出来事だった」。こう振り返るのは、集会を企画したニューヨーク共和党青年クラブで役員を務めるアダム・ソリスさん。ブロンクス出身の黒人として地域の実情をよく知るソリスさんによれば、困窮する地元住民よりも押し寄せる不法移民へのサービスを優先する民主党にブロンクスでも不満が広がり、これが熱烈なトランプ集会につながったという。
ニューヨークの繁華街マンハッタンにある老舗ホテル「ルーズベルトホテル」は、不法移民のためのシェルターとして貸し切られている。19世紀末から20世紀前半はニューヨーク湾にあるエリス島が米国にやって来た移民の玄関口だったが、今はこのホテルが「現代のエリス島」と呼ばれている。
ソリスさんは「不法移民は低所得の米国民から(飲食宅配代行サービスの)ウーバーイーツなど多くの職や機会を奪っている」と不満を募らす。実際、筆者が7月にルーズベルトホテル周辺を歩くと、飲食宅配用の大きなバッグを抱えて注文を待つ中南米系の若者がたむろする姿が見られた。
黒人、ヒスパニック、アジア系などの人種的マイノリティー(少数派)は、民主党の強固な支持基盤となってきた。バイデン政権が不法移民の流入を防ぐことに消極的な背景には、長い目で見れば、彼らは民主党の支持層になるという党利党略がある。マイノリティー人口を増やすことで、政治的にマジョリティー(多数派)の座を維持しようとしているのだ。
こうした民主党の人種戦略は今回、トランプ氏によって打ち砕かれた。NBCニュースの出口調査によると、トランプ氏が獲得したヒスパニック票は46%、ハリス氏は52%で、その差はわずか6ポイント。2020年大統領選ではバイデン大統領がヒスパニック票でトランプ氏に33ポイントの大差をつけたことを考えると、トランプ氏は民主党からかなりの支持層を奪ったといえる。
黒人票については、トランプ氏が獲得したのは13%で、20年の12%から微増にとどまった。ただ、中西部ウィスコンシン州では黒人票の22%を獲得するなど、激戦州では前回と比べ黒人票の獲得割合を大幅に伸ばした。トランプ氏が激戦州を軒並み制することができたのは、黒人を引き寄せたことも大きな要因だろう。
「われわれは最も大きく、最も幅広く、最も団結した連合体を構築した。歴史的なリアライメント(再編)だ」――。トランプ氏は6日、勝利演説でこう豪語したが、歴史的な政治の再編をもたらしたという点は、決して誇張ではない。
トランプ氏が登場する以前の共和党は「白人・金持ち・高齢者」のイメージが強かったが、同氏は幅広い人種、階級、世代に支持を広げた。民主党のお株を奪う「多人種大衆政党」へと共和党を変貌させたのだ。
これに対し、民主党は低所得のマイノリティー人口が増えれば有利になるというこれまでの計算は成り立たなくなった。むしろ、「ウォーク(意識高い系)」と呼ばれるリベラルなイデオロギーを支持する高学歴・高収入のエリート集団のイメージが強まり、一般庶民との乖離(かいり)が鮮明になっている。
トランプ氏が米政治にもたらした劇的な「地殻変動」は、長期的に影響をもたらすことは間違いない。
(早川俊行)