5日投開票の米大統領選でトランプ前大統領(78)が勝利し、返り咲きを果たした。選挙戦を総括しながら、トランプ氏が直面する内外の課題と米国の今後を展望する。(ワシントン山崎洋介)
今回のトランプ氏の勝因は、経済、不法移民問題で支持が広がったことによるところが大きい。これらの陰に隠れ大きな注目を集めなかったが、もう一つ重要な争点だったのがトランスジェンダー問題だ。
トランプ陣営は選挙戦で、民主党候補だったハリス副大統領がかつて公費による性転換手術を支持したことを強調するテレビ広告に数千万ドルの資金をつぎ込んだ。「カマラの政策は『彼ら』のためであって、『あなた』のためではない」というキャッチフレーズは、ハリス氏が国民生活に直結する問題よりも、極端な左派イデオロギーの推進を優先してきたと印象付けるのに役立った。
トランプ氏に批判的なMSNBCの司会者ジョー・スカボロー氏は6日、このテレビ広告について「他のどんな広告よりも大きなインパクトがあった」と指摘。民主党が左派イデオロギーを推進する中で「国民から乖離(かいり)したことが問題」だと敗因を分析した。
トランプ氏は選挙集会で、トランス選手の女子スポーツ参加に反対の声を上げた女子選手らを招待。「女子スポーツから男子を排除する」と約束し、聴衆から拍手喝采を浴びた。共和党は今回、上下院選も含め、トランスジェンダー問題を前面に出して対立候補を攻撃した。
これまでであれば、左派思想に真っ向から挑戦することは政治生命を脅かしかねず、とてもできないことだった。ノースカロライナ州では2016年、出生証明書に記載された性別に合わせたトイレ使用を義務付ける州法が制定されたが、大きな反発を招き、後に撤回された。共和党のマクロリー知事は同年11月の選挙で、現職では同州史上初めて敗北した。
その後、女子スポーツ界でトランスジェンダー選手が上位を席巻し、生物学的な女子選手が進学や奨学金の機会を失う事例が相次いだ。また、性別適合治療を受けた若者が後に後悔する声も次々と上がった。
昨年のギャラップ社の調査によれば、トランスジェンダー選手が性自認に基づき女子スポーツで競技することに反対する米国人は69%で、21年と比べ7ポイント上昇。また、同社の今年6月の調査では、性別を変更することは「道徳的に間違っている」と考える人が51%と半数を超えた。
今では、保守的な州を中心にトランス選手の女子スポーツ参加や性自認に基づくトイレの使用を禁止したり、未成年者の性別適合治療を制限したりする動きも広がっている。
トランプ氏は来年1月に就任すれば、バイデン政権が推進した左派イデオロギー色の強い一連のジェンダー政策を覆す方針だ。
就任初日に、バイデン政権により施行された教育改正法第9編(タイトル9)についての新たな規則を廃止する予定だ。これは、学校側にトランスジェンダー生徒による女子トイレ使用を認めることを強いるなどの内容であったため、保守的な州を中心に提訴が相次ぎ、現在26州に差し止め命令が出ている。
また、トランプ氏は昨年1月、子供たちを「左翼のジェンダー狂気」から守る計画を発表している。バイデン政権による性別適合治療を推進する政策を廃止し、子供の性転換手術を全米で禁止する法律の制定を議会に求める。また、出生時に決定された「二つの性別のみ」を政府が認めるとともに、生物的男性が女子スポーツへ参加することを禁止する法案を可決するよう議会に求める。
トランプ氏の計画は、LGBT権利擁護団体などからの激しい批判も予想され、法廷で争われる可能性がある。また法律の制定には、下院の過半数、上院で60票以上の賛成が求められ、現在の政治情勢で実現するかは不透明だ。世論の動向が計画の実現に影響を与えるだろう。