両氏 対中関税大幅引き上げ
自由主義を主導しない米国に

米大統領選が間近に迫り、ハリス副大統領(60)とトランプ前大統領(78)の支持率は拮抗している。特に激戦州とされるペンシルベニアやミシガンなど7州の得票予想はほぼ互角と言われる。
日本やEUの製品にも
両候補は似たような政策を矢継ぎ早に打ち出しているが、特に中国との貿易では、どちらも輸入関税の大幅引き上げをアピールしている。トランプ氏に至っては、日本や欧州連合(EU)などを含む全ての国からの輸入品に、一律10%の関税を上乗せし、さらに中国からの輸入品には一律60%の輸入関税を課すと表明している。もしこれが実施されれば、中国の国内総生産(GDP)成長率は中国政府が発表している約5%から4%程度に下がるとみられる。
中国政府は、大統領選の結果次第では、レアアースの対米輸出禁止などの報復措置を講じる可能性がある。また中国の大手民間企業の中には、中国本土から米国へ直接に輸出するのではなく、メキシコやベトナムなどを経由して米国へ迂回輸出することで高率関税を回避する動きが見られる。
他方で、米国に本社があるアップル社など大手IT企業は、部品を日本や台湾から輸入して中国本土の工場で組み立て、完成したスマートフォンを米国へ輸出している。現在、米国はそれらに輸入関税を課してはいないが、トランプ氏はこれらにも一律60%の輸入関税を課す方針のようだ。もしそうなれば、米国民は高価なスマホを買わざるを得なくなり、米国企業はスマホの組み立てを中国以外のベトナムやインドで行うことになる。
ハリス氏は、国民に不人気のバイデン大統領の後継者というイメージが払拭できていない。今のバイデン政権は中東イスラエルを擁護しつつ、ウクライナへの軍事支援が後手に回っている。これに対するハリス氏の見解は現職の副大統領であるため曖昧だ。今や民主党の伝統となった友好国との国際協調主義によって、米国は自らの判断で戦争の決着を主導できない。こういったバイデン政権の外交政策をハリス氏も継承するとみられる。
一方、トランプ氏は不動産ビジネスで財を成した経験から一対一の交渉によって事態を決着させようとする。実際、今の米国と一対一で交渉して互角にやり合える国は中国のみである。しかし米国民のおよそ半分の人々が新大統領へ期待するのは、中東紛争やロシアの軍事侵略を終わらせるリーダーとしての手腕よりも、日常生活に直結するインフレ対策や米国内に根付く格差社会の改善にある。
バイデン政権は2022年、日本やインド、韓国などアジア太平洋の友好国14カ国からなる地域経済協定「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」を結成した。IPEFは参加国の間で関税を下げるものではなく、緊急時に工業部品やエネルギー、半導体および医薬品などの優先的な供給を相互に行う取り決めだ。しかし今もその中身は完成途上にある。
トランプ氏が大統領に就任すれば、IPEFからの脱退宣言を行うとみられる。そうなれば米国主導のIPEFはどうなるのか。シナリオとしては、米国不在のまま日本を中心に13カ国で協議を進め完成させる案がありうる。ただし、そのことで日本が得るのは経済的なメリットではなく単に「信頼できる日本」だろう。
自国民のみを守る国に
来年1月20日には新たな大統領の就任式が行われる。いずれの候補が大統領に就任しても、米国は世界経済を支える自由貿易の主導国ではなく、自国民のみを守る国になる。
第二次世界大戦が勃発した原因の一つが、主要各国の関税引き上げと地域ブロック化にあるとの反省から、米国が主導して国々が関税を下げることで自由な貿易体制を世界に広めてきた。その理念を引き継いで1995年に発足した世界貿易機構(WTO)の加盟国は、今や166カ国にまで増えた。
WTOに加盟して互いに関税を下げ、貿易が活発になり人々の経済的豊かさが拡大する時代は確かにあった。それは、世界の富の70%を保有していた米国を中核として90年代までは続いたが、今や米国は世界の中核にはなく、それを引き継ぐ国も現れそうにない。世界全体の平和や安全を維持するという大国の役割は、今や絵空事になったのだろうか。
(いわた・のぶと)





