11月5日に投開票を迎える米大統領選が最終盤を迎える中、民主党候補のカマラ・ハリス副大統領(60)は、共和党候補のドナルド・トランプ前大統領(78)が「ファシスト」であり、民主主義の脅威との主張を強めている。選挙戦に行き詰まりもみられる中、打開を図るための動きだが、共和党議員らはこうしたレトリックが、政治的暴力への道を開くと反発している。(ワシントン山崎洋介)
「政敵に『ファシスト』のレッテルを貼ることは、選挙日前に有権者の選択を奪おうとする新たな暗殺者を招き入れる危険性がある。米国人の生命と国家の両方を危険にさらす卑劣で無責任なレトリックを放棄しなければならない」
ジョンソン下院議長(共和党)とマコネル上院院内総務(同)は25日、ハリス氏に対し、トランプ氏を危険視するようなレトリックの使用をやめるよう促す異例の共同声明を発表した。
これに先立ち、ハリス氏は23日にワシントン市内の副大統領公邸で演説を行い、「ドナルド・トランプ氏がアドルフ・ヒトラーを引き合いに出すことは、非常に問題で、信じられないほど危険だ」と強調。トランプ氏が「抑制されない権力を望んでいる」と非難した。その後のCNNの対話集会では、トランプ氏のことを「ファシスト」と呼んで批判した。
この演説は、前日に退役海兵隊大将でトランプ政権で首席補佐官を務めたジョン・ケリー氏がニューヨーク・タイムズ紙などとのインタビューで、共和党の候補者が「ファシスト」の定義を満たしていると主張したことを受けたもの。ケリー氏は、トランプ氏が在任中にヒトラーを繰り返し称賛し、ナチスの指導者が「幾つかの良いことをした」などと語ったと訴えた。
ジョンソン、マコネル両氏は声明で、先月、南部フロリダ州でのトランプ氏に対する2度目の暗殺未遂事件後、ハリス氏が「この事件がさらなる暴力につながらないように、私たち全員が自分の役割を果たさなければならない」と述べたことを指摘。その上で「これらの言葉は空虚であることが証明されている。民主党の米大統領候補は、政治的憎悪の沸騰した大釜の下で炎をあおっている」と厳しく批判した。
トランプ氏はケリー氏の告発について「そんなことは一度も言っていない」と否定している。また、ペンス前副大統領の元首席補佐官ニック・エアーズ氏はFOXニュースで、ケリー氏の発言について「事実と異なるひどいコメントで、でっち上げ」だと批判。「もしそれが本当なら、米国人はもっと前に知っていたはずだ」と述べ、仮に事実ならすでに公になっていたはずだと主張した。
今のところ、トランプ氏がヒトラーを称賛するのを聞いたと主張するのはケリー氏のみであり、裏付けはない。
しかしハリス氏は、選挙戦最終盤でこのケリー氏の発言を前面に出していく姿勢だ。7月にハリス氏が民主党候補になって以降、「喜び」を掲げ、支持率が伸びたが、その後勢いを失い、現在は僅差ではあるが激戦7州すべてでトランプ氏にリードを許している。
今月に入り、これまで避けてきたインタビューを、積極的に行うなどして打開を図ったが、質問を交わしたり、的外れな回答をする場面が目立った。無党派層の取り込みに苦労する中、かつてのバイデン大統領のように、トランプ氏を民主主義の脅威だと訴える戦略に舵(かじ)を切った形だ。
党重鎮もこれに呼応し、24日にジョージア州でハリス氏の応援演説を行ったオバマ元大統領は、ケリー氏のインタビューの内容を強調し、トランプ氏の大統領返り咲きは「危険」だと語った。また、ヒラリー・クリントン元国務長官はCNNのインタビューで、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで27日に行われたトランプ氏の集会について、1939年に同会場で行われたヒトラーを支持する極右の集会を引き合いに出し、それを「再現」していると非難した。
ただこれには、民主党内からも反対の声が上がっている。アダムズ・ニューヨーク市長は26日の記者会見でトランプ氏が「ファシスト」だとする主張に同意するか尋ねられ、「私の答えはノーだ。私はヒトラーが何をしたかを知っているし、ファシスト政権がどのようなものかも知っている」と指摘。現在、汚職疑惑で起訴されている立場のアダムズ氏だが「発言を落ち着かせるべきだ。もっと冷静になることができるはずだ」と呼び掛けた。