
【ワシントン山崎洋介】11月5日に投開票される米大統領選で、共和党候補のドナルド・トランプ前大統領(78)の陣営は、経済や移民問題に加え、トランスジェンダー問題でも攻勢を掛けている。かつて急進左派的な政策を掲げていたカマラ・ハリス副大統領(60)が多くの有権者の感覚とかけ離れていると印象付ける戦略の一環だ。
「カマラは、受刑者の性転換費用を援助した最初の人物だ」
ナレーターがこう強調する広告が、激戦州で繰り返し流されている。その中で、ハリス氏は「私は、すべてのトランスジェンダーの受刑者が利用できるよう、方針を変更するよう働き掛けた」と強調している。映像の最後にはナレーションが「カマラの政策は『彼ら』のためであって、『あなた』のためではない」と締めくくる。
トランプ陣営は、ハリス氏が2019年に、大統領候補として、公費による刑務所の受刑者や拘禁中の不法移民に対する性転換手術を支持したことを強調するテレビ広告に集中している。ハリス氏を行き過ぎたトランスジェンダー・イデオロギーを推進する左派と印象付け、浮動票を取り込むことが狙いだ。
ニューヨーク・タイムズ紙が報じた、広告データ分析会社アドインパクトの分析によると、トランプ陣営とその支援団体がテレビ広告に費やした総額約6600万㌦のうち、約3分の1に当たる2100万㌦が「LGBTQの権利」に関する広告に使われた。
大統領選と同時に実施される上院選でも、共和党側は、トランスジェンダー政策に焦点を当てている。例えば、共和党のテッド・クルーズ上院議員は、民主党候補のコリン・アルレッド氏がかつて性自認に基づく差別を禁止する通称「平等法案」に賛成票を投じたことなどを挙げ、「男子が女子スポーツで競争するのを止(や)めない」とする広告を流した。これに対し、アルレッド氏は11日に自身の広告を発表し、「女子スポーツに男子が参加することを支持しない」と防戦に追われた。
共和党が攻勢を強めるのは、世論の後押しがあると考えているからだ。昨年のギャラップ社の世論調査によれば、トランスジェンダー選手が性自認に基づき女子スポーツで競技することに反対する米国人は69%で、2021年と比べ7ポイント上昇。その中には無党派層の67%も含まれている。また今年6月の同社の調査では、性別を変更することは「道徳的に間違っている」と考える人が51%と半数を超えた。
一方、16日に保守系FOXニュースのインタビューに登場したハリス氏は、公費によるトランスジェンダーの受刑者や不法移民の性転換手術を今でも支持しているか問われたが、直接回答することは避け、「法律に従う」と繰り返した。その上で、トランプ陣営が多くの有権者にとって関心の薄い問題に焦点を当てていると主張し、「彼は有権者に恐怖感を与えようとして、あの広告に2000万㌦も費やした」と述べた。
しかし、NBCニュースによると、2人の民主党ストラテジストは、この問題がハリス氏にとって不利に働いていると述べた。そのうちの1人は、「すべての世論調査で、トランスジェンダーの問題について厳しい結果が出ている」とし、「これは強力な広告だ」と語ったという。また、ニューヨーク・タイムズは受刑者らへの性転換手術を支持するハリス氏を批判するトランプ陣営の広告が、「9月に行われた民主党の内部調査で最も効果的な広告の一つと評価された」と報じた。
各種世論調査では10月に入ってから、ハリス氏が失速し、すべての接戦州でトランプ氏がリードしている。その一因として、こうした広告が奏功している可能性もありそうだ。