価格統制に批判も
「私は、資本主義者だ。自由で公正な市場を信じている」
米東部ペンシルベニア州ピッツバーグのカーネギーメロン大学で先月25日、カマラ・ハリス副大統領(59)は、経済政策の計画を40分間にわたって説明。この中でハリス氏は、「イデオロギーに縛られない、現実的な解決策」を模索すべきだと訴えた。
ハリス氏が自ら資本主義者であると強調するのは、ドナルド・トランプ前大統領(78)がハリス氏を「マルクス主義者」と繰り返し主張してきたことを受けてのものだ。かつてハリス氏は2020年の大統領候補としてフラッキング(石油、天然ガスを採掘するための水圧破砕法)の禁止など急進左派的な政策を支持したことがある。中道派の票を獲得するためには、こうした左派イメージを払拭(ふっしょく)する必要があるのだ。
集会は、ピッツバーグ経済クラブが主催し、会場となった400人ほどが収容できる劇場には、事前に招待された参加者たちが集まった。
「米国をどう立て直すのか、国民のために何ができるかについての計画を聞けて本当にうれしい。彼女は私の心を揺さぶる。今までどの政治家にもこんな感情を抱いたことはない」。ハリス氏の演説を聞いた後、市内に住むダン・ターチンさん(66)は、感動に浸った様子で語った。さらに「米国は女性が率いる必要がある。口先だけじゃなくて、実際に行動できる人がね。年寄りの男たちは頭が固くて、何も分かっていないんだ」とまくし立てた。
また参加者で、市内に住むローレン・ダンバーさん(42)は、ハリス氏の経済政策は「富裕層でなく、中間層のためのもの。彼女が大統領になることが本当に楽しみ」と語った。ハリス氏の経済計画を巡っては、副大統領である今、なぜその計画を実行しないのかとの批判があるが、これについては「彼女は今は大統領ではなく、副大統領。彼女が大統領になったら、実行するはずよ」と擁護した。
一方、ハリス氏が演説した会場前には、「うんざりしてる? 共和党に投票しよう」と書かれたプラカードを持った同大の学生、アンソニー・カチアートさんがいた。話を聞くと、「今回は招待制の講演会で、会場には彼女の支持者ばかり。政策を批判する人が誰もいないんだ。彼女の経済政策は、若者に悪影響を及ぼすと思う。だから、彼女に反対する若者の存在を見せるためにここにいるんだ」と語った。
共和党系のクラブに所属しているが、トランプ氏の経済政策については、関税引き上げなど反対する点もあるという。ただ「ハリスが提案している価格統制や住宅購入の頭金支援よりはずっとマシだよ。これらは価格上昇や供給不足を引き起こすだろうからね」とより厳しい評価を下す。
トランプ陣営がハリス氏の経済政策を「社会主義的」だと批判していることについては、「価格統制は確かに社会主義者の手法だと思うが、彼女を社会主義者と呼ぶのは少し違うと思う。ただ、彼女が自由市場を信じているとは思えない」と指摘する。
さらに、大統領選では経済問題が最も重要だとし、「もうすぐ卒業するけど、就職市場に出たときに給料のいい仕事があるかどうか、家を買えるかどうか、生活必需品を買えるかどうかがとても心配なんだ。これらは本当に大きな問題だが、ハリスがそれを保証してくれるような計画を出しているとは思えない」と述べた。深刻な口調からは、先行きへの不安が、重くのしかかっていることがうかがえる。
経済「悪化する一方」
ペンシルベニア州では経済について厳しい認識が広がっている。8日にコモンウェルス財団が発表した同州の有権者を対象にした世論調査によると、59%が経済状況が「良くない」と回答。69%の人が、物価上昇が家族の生活水準維持に影響を与えていると答えた。
たまたま会場前を通り掛かったというカーネギーメロン大の学生のマイケルさん(19)も、「経済が一番重要だ。将来の就職の見通しや住宅購入のことを考えるとね」と言う。ハリス氏については「彼女が『国境を取り締まる』と言うなら、彼女が副大統領の時にできたはずだ」と指摘し、「僕はトランプの意見をより信頼する。彼のくだらない発言には賛成できないが」と語った。
翌日、ビッツバーグのダウンタウンから徒歩20分ほどの庶民的な雰囲気が漂う商店街で、道行く人に大統領選の経済政策について聞いた。
トランプ氏を支持するタミー・グラッソさん(62)はトランプ政権の頃は、「私たちは本当にうまくやっていた。ガソリン価格も下がり、食料品価格も下がり、銀行口座にはたくさんのお金が入っていた」と振り返る。今では、「一部の人は大丈夫だが、生活費を稼ぐのに苦労している人はたくさんいる」という。
ピッツバーグは1970年代ごろまで「鉄の街」と言われ、米国の鉄鋼産業の中心地だった。現在では、技術、医療、教育などの分野が発展するなど、産業構造が大きく変わった。
タミーさんは当時のことを覚えているといい、「その頃はすべてが順調で景気も良かった。その後、悪くなったり良くなったりを繰り返してきたけど、今はただ悪くなる一方。トランプはエネルギー自給率を高め、工場を稼働させようとしていたが、バイデン政権になってその努力も無駄になった」と嘆いた。
これに対し、ハイテク企業の戦略部門責任者を務めるというブランドン・グローブスさん(42)は、ハリス氏について「経済に関する彼女の計画は、庶民に恩恵があるものだ。生活コストを抑えてくれるからね」と評価。トランプ氏については、「彼はそもそも政治に関わるべきではないと思う。自分以外の誰のことも気にしていない」と批判的だった。
各種世論調査では、経済政策においてトランプ氏がハリス氏をやや上回っている。生活に直結する経済への有権者の関心は高く、この問題でどこまで支持を広げられるかが、勝敗を左右することになりそうだ。
(山崎 洋介)