米国のバイデン政権は、教育現場においてトランスジェンダーの権利を大幅に拡大する規則を決定した。体は男性だが女性と自認する生徒の女子トイレの利用を認めることなどを教育機関に強いるもので、保守派は強く反発。20を超える州が早くも提訴に踏み切るなど、法廷闘争に発展している。(ワシントン山崎洋介)
バイデン政権が4月19日に決めたのは、「性に基づく差別」を禁じた教育改正法第9編(タイトル9)についての新たな規則だ。公民権運動の一環として1972年に成立したタイトル9は、教育機関にスポーツ、学業、就職、奨学金などの面で男女同等の待遇を求めたことで、その後の女子スポーツの発展をもたらすなど、米国の教育制度に大きな影響をもたらした。
新たな規則の重要な点は、本来は生物学的な性別を意味する「セックス(性)」の定義を、「ジェンダー・アイデンティティー(性自認)」にまで拡大したことだ。これによりトランスジェンダーによる女子トイレ・更衣室の利用を制限することが禁じられるほか、トランスジェンダーが望む代名詞(彼、彼女など)で彼らを呼ばないことが「性に基づくハラスメント」と見なされ懲罰を受けるなど、プライバシーや言論の自由が侵害される恐れがある。
8月に施行されるこの規則は、連邦政府からの資金を受け取る小中高校や大学が対象で、これには公立学校だけでなく、ほとんどの私立学校が順守を求められることになる。
米メディアによると、少なくとも11の州では、プライバシーの問題や安全上の懸念から女性を自認するトランス生徒が公立学校の女子トイレを使用することを禁止する法律が成立している。今回の規則は、こうした州法に真っ向から対抗することで、米国の価値観を巡る「文化戦争」に火を付けている。
ルイジアナなど4州は4月29日、バイデン政権の新規則が違法だとして提訴。これとは別に4件の訴訟も相次いで提起されており、これまでにフロリダやテキサスなど少なくとも21州が新たな規則を巡って裁判を起こしている。
フロリダ州のロン・デサンティス知事(共和党)は、X(旧ツイッター)に投稿した動画で「フロリダはタイトル9を書き換えようとするバイデン氏の試みを拒否する」と宣言。「われわれはこれに従わず、反撃する」と述べ、対決姿勢を鮮明にした。
こうした訴訟には保守系団体も加わっているが、このうち法曹団体「自由防衛同盟(ADF)」上級顧問のナタリー・トンプソン氏は本紙の取材に、今回の規則について「全米の学校は、子供たちに害を及ぼす過激なジェンダー・イデオロギーを受け入れることを強要されることになる。学校は、トイレや更衣室、シャワーなど女子のプライベートスペースに、女性であることを自認する男性が入ることを許可しなければならなくなる」と問題視した。
米国で近年、特に注目が高まっているのが、トランスジェンダー選手の女子競技への参加の是非を巡る問題だ。大学や高校において、トランス選手が女子競技で上位を席巻するなどの事態が相次いだことなどを受け、米メディアによると18州がトランス選手の女子種目参加を禁止する法律を制定している。
一方でバイデン政権は今回の規則で、トランスジェンダーの女子競技参加についての具体的な文言を盛り込むことを先送りした。世論調査で約7割の米国人が体は男性のトランス選手による女子競技参加に反対する中、11月の大統領選への影響を避けようとしたとみられる。
しかし、新たな規則は、課外活動を含め適用されるとしていることなどから、保守派はスポーツ分野も例外ではないと見ている。トンプソン氏は「(バイデン政権による)論理的に矛盾した説明にもかかわらず、女性だと自認する男性が女子競技に参加することを学校は許可せざるを得なくなる」とし、女性への平等な機会を奪うものだと批判した。