
民主主義社会において、不可欠となる公正な選挙制度。本来は党派を超えた課題であるべきだが、米国では民主・共和両党がこの問題を巡り対立している。
「差別的で負担が大きく、不必要な投票へのアクセス制限に対抗する」。ガーランド司法長官は3日、公民権運動の聖地とされるアラバマ州セルマの教会で演説し、こう誓った。
ガーランド氏が批判の対象にしたのは、投票の際に身分証の提示を求めるなど、選挙における不正防止強化を図った州法だ。
2020年の前回大統領選では、郵便投票の遅れなどが結果判明の遅れやトランプ前大統領による不正選挙の主張につながったことを受け、選挙法を厳格化させた州が相次いだ。非営利団体ボート・ライダーズによると、20年以降、17の州で身分証の提示を求める法律を新たに制定、もしくは強化した。
こうした州法に対して、バイデン政権や民主党は、身分証明書類を持つ人が比較的少ないとされる黒人の投票が阻害されると批判。人種差別に基づいた「投票の抑圧」だと主張してきた。
この論争が一段と過熱したのが、21年にジョージア州で成立した選挙関連法改正だった。バイデン氏をはじめ民主党側は、黒人の投票権を実質的に剥奪した「ジム・クロウ法」の21世紀版だとし、過去の人種差別と結び付けて非難。リベラル派活動家たちによる反対運動も加わり、大リーグ機構(MLB)は、この州法に抗議してオールスター戦の開催地をアトランタから別の都市に変更した。
しかし、翌年の中間選挙結果は、こうした批判が的外れであったことを示している。同州での投票率は52・6%で、全米の投票率を6ポイント上回った。全米の投票率を4・1ポイント上回った4年前よりも向上した。
また、アトランタ・ジャーナル・コンスティテューション紙の世論調査によると、ジョージア州の黒人有権者のうち、投票した感想について73%が「素晴らしい」、24%が「良い」と回答。「悪い」体験だったと答えたのは0%だった。
別の人物に成り済まして投票することや、非市民の投票を阻止する上で有効とされる。このため国民の大多数からの支持を得ており、ギャラップ社による22年の調査によると、投票の条件として写真付き身分証明書を要求することを支持する有権者は79%、有色人種の有権者に限定しても77%だった。
米国で選挙不正は実際にたびたび起きており、昨年も地方選で不正が疑われる事例が相次いだ。
例えば、東部コネティカット州ブリッジポートで昨年9月に行われた市長選の民主党予備選挙では、夜間に複数の不在者投票用紙を投函箱に詰め込む人物が監視カメラに映っていたことが分かった。州高等裁判所は同年11月、映像について「衝撃的だ」と指摘。特定の選挙区で異常に多くの不在者投票が行われたことを示す統計もあったとして、選挙結果の破棄を決めた。
だが、民主党はむしろ、こうした不正のリスクを高めるような政策を推進してきた。各州に有権者に身分証の提示を義務付けることを事実上禁止するなどの法案を21年に下院で通過させた。ただ共和党は強硬に反対しており、同法案を成立させることは困難だ。
このためバイデン政権や民主党関係者らは、有権者に身分証を求める法律を成立させた州に訴訟を起こしてきた。このうち一部はすでに退けられたが、11月の大統領選に向け、今後もこうした法廷闘争は続けられていくとみられ、その結果が注目される。(ワシントン山崎洋介)
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