
米共和党のトランプ前大統領が複数の訴訟を抱える一方、民主党のバイデン大統領は自身の高齢問題に直面している。再選を果たせば、82歳で2期目を迎える。対トランプ氏で神経を尖(とが)らせる民主党内では「バイデン降ろし」の火種がくすぶっている。
「バイデン氏の記憶は、著しく制限されていた」
これはロバート・ハー特別検察官が先月8日に発表した報告書の一文だ。バイデン氏が副大統領在任中に機密文書を私邸に持ち帰った問題で、司法長官から任命を受け政権から独立して行われた調査結果をまとめたものだ。
345㌻に及ぶ報告書は「刑事訴追を行うことは正当化されない」と結論付け、訴追を回避した。問題は、バイデン氏の記憶力に関する記述の数々だ。
ハー氏は、バイデン氏の事情聴取時に「記憶力が衰えていた」「副大統領を務めた期間や任期の終了時期を思い出せなかった」などと指摘。特に目を引いたのは長男ボー氏についての記述で、「息子の死亡時期を記憶していなかった」という。報告書は公開されるや否や、瞬く間にメディアやSNS上で波紋を広げた。
これに対し、バイデン氏の顧問弁護士のボブ・バウアー氏は、CBSニュースで、報告書は「粗悪な作業成果」だと非難し、バイデン氏の記憶力に問題はないと反論。ハリス副大統領も、報告書を「政治的動機による不当なものだ」と批判した。
だがバイデン氏は、報告書を受けて臨んだ記者会見で「記憶力は大丈夫だ」との発言後、エジプトのシシ大統領を「メキシコの大統領」と間違え、自らその不安を助長させた。数日前にもドイツのメルケル前首相を故コール首相、フランスのマクロン大統領を故ミッテラン大統領と混同する失言をしていた。
バイデン陣営は不安の解消に必死だが、最新の世論調査によれば、その努力は実を結んでいない。キニピアック大学が先月21日に発表した調査では、有権者の67%がバイデン氏は2期目を目指すには「高齢過ぎる」、62%が「十分な体力がない」と回答した。
政界を揺るがす報告書を作成したハー氏は今月11日、特別検察官を突如辞任し、翌12日に下院司法委員会で証言。報告書の内容を「正当な評価だ」と断言し、バイデン氏の記憶力低下の問題に改めて注目が集まる展開となっている。
バイデン氏は8月にシカゴで開かれる党全国大会で正式に大統領候補に選出される予定だ。だが党指導部も世論の声に不安を抱いており、「バイデン降ろし」に動くのではないかとの見方もある。
ワシントン・タイムズ紙は、匿名の民主党議員の声として、トランプ氏に対抗するために党大会でバイデン氏を交代させる可能性があるのではと指摘。ウォール・ストリート・ジャーナル紙も先月9日付の社説で「もしバイデン氏が1期で引退を表明して、代議員たちが良心に従って投票できるようにすれば、指名争いは誰にでも勝機があるだろう」と論じた。
「もしも」の場合として名前が挙がるのは、ハリス副大統領の他に、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事、ミシガン州のグレッチェン・ウィトマー知事など、党内の若手ホープとして注目されている政治家が並ぶ。しかし、ハリス氏も支持率が低く、他の2人も全国レベルでの支持はまだ限定的だ。
また、バイデン氏が再選を果たしたとしても、何らかの理由で職務を継続できなかった場合は、ハリス氏が引き継ぐ。そのため、バイデン氏への投票が実質的に「ハリス大統領」への1票になり得る。だが、ハリス氏はある世論調査で副大統領の好感度で史上最低を記録しており、党内では逆にハリス氏がバイデン氏再選への弱点になるとの声も上がる。
大統領選は再選を目指す現職が有利とされるが、高齢問題で党内から交代論が広がるのは異例の事態だ。共和党だけでなく、民主党内でも深刻な混乱が生じている。(桑原孝仁)