記録的な不法移民が流入する米南部国境で、特に中国からの不法移民が急増している。その多くは統制を強める習近平体制から逃れるためだが、不法移民に紛れてスパイや工作員が忍び込む可能性など、国家安全保障上の懸念も高まっている。(ワシントン・山崎洋介)
税関・国境警備局(CBP)によると、2023会計年度(22年10月~23年9月)に不法入国した中国人の数は約3万7000人に上った。これは年間1500人程度だった2020年までと比べ劇的な増加だ。
今月放映されたCBSの報道番組「60ミニッツ」は、カリフォルニア州サンディエゴから東に約100キロの国境沿いの壁には1・2メートルほどの隙間があり、中国人グループがそこを通って越境する様子を伝えた。密輸業者の車で壁のメキシコ側に到着した後、この隙間から入国し、国境警備隊によって拘束されるのを待つという。
同番組によると、不法越境した中国人の多くは中国系の動画投稿アプリ「TikTok」(ティックトック)に投稿された動画を参考にしている。そこには、密入国あっせん業者の利用方法や、南部国境沿いのフェンスの隙間までの道筋、米国に不法入国するための事細かな「手順」が紹介されている。
また、移民たちはサンディエゴ近郊の収容施設に送られ、そこで身元調査を受ける。通常は72時間以内に米国内に釈放され、亡命申請の手続きを開始することができるという。
これらの中国人の多くは、習近平政権下における統制強化や低迷する経済から逃れるために米国にやって来た者たちだ。同番組の取材に「自由のため」などと不法入国した理由を語った。
一方、中国からの不法越境者の急増は、中国共産党のスパイが紛れ込んでいるのではないかという懸念を掻(か)き立てている。米国では昨年、中国の偵察気球が核ミサイル施設の上空を含む米本土を横断したり、中国企業による軍事基地近くの土地買収が問題になるなど、警戒感が一段と高まっていることも背景にある。
国家安全保障アナリストのレベッカ・グラント氏は昨年、ニューズウィーク誌に「こうした人々の中には、ここに来てより良い生活を送りたいと思っている人もいるが、スパイ活動などをするためにここにいる人もいるだろう」と語った。さらに「中国軍関係者が潜入していると99%確信している」と警告した。
国境警備隊による労働組合「全米国境警備隊協議会」のブランドン・ジャッド会長は、FOXニュースに対し、不法入国する中国人の大半は兵役年齢の独身成人男性であると指摘。「これは実に懸念すべき事態だ。われわれは中国が米国のことを好まず、標的にしていることを知っている」と訴えた。
バイデン政権の発足後、国境管理を緩めたことで不法移民が急増し、違法薬物やテロリストの疑いのある人物の流入も増えている。これに加え、中国からの不法移民の増加は、野党・共和党側による新たな批判の対象になっている。
共和党の最有力大統領候補のトランプ前大統領は今月4日のFOXニュースの番組で、中国から兵役年齢の若い男性が多く不法入国していると指摘。司会から「彼らは中国共産党の指示でここに来ているのか?」と尋ねられ、「そうだと思う」と主張した。
テキサス州選出のジョディ・アーリントン下院議員はニューヨーク・ポスト紙に、「バイデン氏が自ら招いた国境危機は、最大の敵対的脅威である中国の侵入を招き、米国民の安全を危険にさらしている」と述べ、「現政権の悲惨な政策は、米国民に害を及ぼすだけでなく、敵対国を勇気づけている」と批判した。