
米名門ハーバード大の学長に対して、辞任を求める声が高まっている。学内での反ユダヤ主義への対応が問題視される中、論文の盗用疑惑も浮上。背景として、特定の人種や性別などを優遇する「アイデンティティー政治」が大学内で広がっている問題も浮き彫りになっている。(ワシントン・山崎洋介)
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ハーバード大のクローディーン・ゲイ学長は、その進退を巡って論争の的となっている。きっかけは、キャンパス内の反ユダヤ主義に焦点を当てた今月上旬の連邦議会公聴会で、「ユダヤ人に対するジェノサイド」を呼び掛けることが、大学の行動規範に違反するかどうかを問われて明確な回答をせず、批判を浴びたことだった。
さらにゲイ氏の信用に関わる深刻な問題が浮上した。ゲイ氏が自身の論文で、出典を明記せず40回以上も他の著者の文章を盗用した疑いが発覚したのだ。
これに対して同大は、調査の結果、ゲイ氏の論文に「不適切な引用」を発見したが、「研究上の不正行為に当たらない」とした。また、同大理事会は、全会一致でゲイ氏の続投を支持すると発表した。
ハーバード大の教員700人以上が、指導部に対して「政治的圧力に抵抗」することを求める嘆願書に署名した。また、ゲイ氏への批判は人種差別に基づくものだという反発も起き、権利擁護団体「全米黒人向上協会」(NAACP)のデリック・ジョンソン代表はX(旧ツイッター)で、ゲイ氏に対する非難は「白人至上主義者の計画を推し進める政治的芝居にすぎない」と主張した。
しかし、この盗用問題を最初に取り上げたのは保守系メディアだったが、その後、CNNなどリベラルメディアも独自に盗用があったことを確認。リベラル派からも、これを問題視する声が広がってきている。
ニューヨーク・タイムズ紙も、盗用問題を「大学にとって恥ずべき事態」と主張。そして、同大の調査についても、「過度に寛大であったか疑問が投げ掛けられている」と指摘した。
ハーバード大は盗作に関する指針として、「論文でその情報源を明記せずに、他人のアイデアや言葉を用いることは盗作と見なされる」と規定。盗用が認定された学生は、「退学を含めた懲戒処分の対象となる」と明記している。同大がゲイ氏を守るために、この盗用のハードルを下げたとしたら重大な問題だ。
ハーバード大がゲイ氏を擁護する背景にあるとみられているのが、米大学が推進する「多様性の公平性と包括性」(DEI)プログラムだ。このDEIの下、白人学生に罪悪感を植え付けるような講習が行われているとして、保守派から強い批判を浴びている。
教員採用においても、多くの大学で求職者のDEIに関する取り組みが重視されている。ゲイ氏が同大で「黒人初の学長」に採用されたのは、学問的実績よりも、DEIを推進する同大の取り組みの象徴と考えられたからだとの見方も広がっている。
ニューヨーク・タイムズ紙の黒人コラムニスト、ジョン・マクウォーター・コロンビア大准教授は21日、盗用問題により「転換点に達した」として、ゲイ氏の辞任を求める記事を発表。その中で、ゲイ氏がそのキャリアで11の学術論文しか発表しておらず、共著を除いて1冊も書籍を出版していないと指摘。過去3人の歴代学長と比べ大きく学問実績が劣っていることから、「ゲイ博士は学問的な評価によってではなく、人種によって選ばれたように見える」との見解を示した。
CNNのファリード・ザカリア氏は最近の番組で、「人文科学の分野では、新しい教授職の採用は応募者の人種と性別を中心に行われているようだ」と指摘。「米大統領について研究している白人男性が、今日の米主要大学の歴史学部で終身在職権を得られるとは思えない」との見方を示した。
こうした中、自身の論説の一部をゲイ氏に盗用されたとする元バンダービルト大教授のキャロル・スウェイン氏はXで、ハーバード大に対し、ゲイ氏を「大至急解雇せよ」と主張。「マルクス主義的なアイデンティティー政治の暴徒をなだめる」ことをやめるべきだとし、批判を受けることを恐れずに解雇すべきだと訴えた。