バイデン米大統領は昨年10月上旬、ロシアによるウクライナ侵攻を巡り、「ハルマゲドン(最終戦争)」が起きるリスクを警告した。「あの男が戦術核兵器や生物・化学兵器の使用を示唆したが、それは冗談ではない」とし、プーチン大統領が追い詰められれば、核の使用に踏み切る可能性があると述べた。
どのような意図でこの発言がなされたかは定かでないが、バイデン政権がプーチン氏による核使用リスクを深刻に受け止めていることを反映したものであることは確かだ。
バイデン政権は、同月下旬に発表された「核態勢の見直し(NPR)」で、核兵器の「先制不使用」や核攻撃の抑止と報復が核兵器の「唯一の目的」とする政策の採用を見送った。ロシアによる差し迫った核の脅威により、核抑止を強化する必要に迫られたからだと考えられる。
核使用の目的を限定すれば、生物・化学兵器などで攻撃された時も核兵器を使うことができず、通常戦力による攻撃を受けるリスクも高まる恐れがある。このため、抑止力低下を懸念する同盟国は、こうした政策に反対していた。
2020年大統領選でバイデン氏は、核兵器の先制不使用と唯一目的化を公約として掲げていた。冷戦期も含め上院議員時代から核軍縮に関わってきたバイデン氏は、特に副大統領を務めたオバマ元政権時代に実現できなかったこの政策の推進に強い思い入れを示してきた。
バイデン氏が大統領に就任すると、核軍縮をイデオロギーとして推進する与党・民主党左派は、政策実現に向け働き掛けを強めた。22年1月には、56人の民主党議員がバイデン氏に書簡を送り、核兵器の唯一目的化や新たな核開発の停止を求めた。
その後、ロシアによるウクライナ侵攻を受け現実路線への転換を迫られたバイデン政権だが、軍縮志向が消えたわけではない。中でもトランプ前政権が開始した海洋発射核巡航ミサイル「SLCM―N」の開発計画を中止するとしたことは、それを象徴する出来事だ。
SLCM―Nは、ロシアや中国が強化する戦術・戦域核戦力が周辺諸国の脅威となる中、その抑止策として期待されている。制服組トップのミリー統合参謀本部議長をはじめ米軍幹部もこれを支持してきた。
バイデン政権のこの方針に対し、抑止力低下を懸念する議会は反発し、24会計年度の上下院の国防権限法案には、SLCM―Nの開発予算が盛り込まれた。このため今後も計画は継続していく方向にあるが、これを中止としたバイデン政権の方針は、左派への配慮をうかがわせるものだ。
また、バイデン政権はNPRで「米国の戦略における核兵器の役割を減らす」方針を掲げたが、それは中国やロシアに対する抑止力を損なう恐れがある。オバマ政権の下で国防次官補代理(核・ミサイル防衛政策)を務めたブラッド・ロバーツ氏は本紙の取材に、中国の習近平国家主席やプーチン氏が「米国が衰退しており、国益や同盟国を守る意志がない」と受け止めかねないとした上で、こう指摘した。
「独裁者が攻撃した後、その認識が間違っていたことに気付く。これが、米国とその同盟国に対して戦争を仕掛けるリスクを評価する際に、習主席とプーチン氏が犯しかねない誤算だ」
核抑止力強化への姿勢を一定程度示しているバイデン政権ではあるが、抑止力を損なうリスクがある核軍縮への志向も根強く残っており、日本は今後も米国の核政策を注視していく必要がある。
(ワシントン・山崎洋介)