
新型コロナウイルスの起源を巡り、中国・武漢ウイルス研究所(WIV)からの流出を否定した2020年3月の論文の撤回を求める声が上がっている。著者らが実際にはウイルスが操作された可能性を認めるなど、論文の結論とは異なる考えを持っていたことが明らかになったからだ。(ワシントン・山崎洋介)
問題となっている論文は同年3月17日、医学誌ネイチャー・メディシンに発表された「SARS-CoV-2の近位起源」だ。新型コロナが「実験室で構築されたものでも、意図的に操作されたウイルスでもないことを明白に示している」などとして、流出説を全面的に否定した。
当時、同論文はメディアから高い注目を集め、流出説を「陰謀論」としてレッテル貼りするのに用いられた。国立アレルギー感染症研究所の所長だったアンソニー・ファウチ氏は、ホワイトハウスでの会見でこの論文に言及するなど、新型コロナの発生から1年以上もの間、議論すら否定する風潮をつくり出すことに大きな影響を与えた。
しかし先月、この論文の著者たちが、新型コロナがWIVから流出した可能性が十分にあると認識していたことが明るみに出た。新型コロナの起源について調査する下院監視委員会の小委員会が、著者たちによるメールや職場用チャット「スラック」の内容の提出を命じて入手し、その後、メディアなどを通して公開されたことによるものだ。
例えば、同論文を作成した同年2月上旬、主著者であるカリフォルニア州スクリップス研究所のウイルス学者、クリスチャン・アンダーソン氏はスラックで、「分子データが流出説のシナリオと完全に一致しているため、この研究所から流出が起こった可能性が非常に高い」と主張。別の著者、テュレーン大学のウイルス学者ロバート・ギャリー氏は、新型コロナがWIVの研究室で作成された可能性について「(ウイルスの感染力などを高める)機能獲得研究が行われていたことを考えれば、突飛なことではない」と指摘した。
一方、7月11日に行われた同小委員会の公聴会で、アンダーソン氏はギャリー氏と共に証言に臨んだ。共和党議員からこの食い違いについて追及を受けたが、アンダーソン氏は、証拠を慎重に検討した結果、流出説が否定されたとして、「純粋な科学的なプロセス」だと強い口調で否定した。
だが、アンダーソン氏は、論文発表後も流出説の可能性が高いと見なしていたことが分かっている。同論文を発表した約1カ月後の20年4月16日、アンダーソン氏は共著者らに対し、「(ウイルスが)操作された可能性を完全に否定することはできない」などと、流出の可能性を排除していないことを吐露している。
著者たちが流出説の可能性を認めながらも、論文では流出説を否定した背景に、政治的判断が入り込んでいたこともうかがえる。
アンダーソン氏はメールの中で、論文は、ファウチ氏とその上司だった当時のフランシス・コリンズ国立衛生研究所(NIH)所長らが執筆を促したとしている。両氏は論文の草稿にコメントしていたことが明らかになっており、作成にも関わっていたとみられる。
この両氏から、流出説を否定するよう著者たちに働き掛けがあったかは明確ではない。ただ、特にファウチ氏は、WIVに資金提供をしていたことから、流出説が受け入れられることで自身の責任が追及されることを懸念していたと考えられる。
米ニュースサイト「インターセプト」によると、アンダーソン氏は、同論文が提出された時に、NIHに約8万㌦の助成金を申請中で、ファウチ氏からの最終承認待ちだった。この状況が、ファウチ氏の意向に応えようとする圧力として働いた可能性も指摘されている。
こうしたことを受けて、同論文の撤回を求める動きが始まっている。非政府組織バイオセーフティ・ナウは7月19日、請願書を発表し、「著者たちが論文の結論を信じていなかったことに疑いの余地はない」と非難し、「この明らかに詐欺的で明らかに有害な論文を科学文献から削除することが急務である」と撤回を求めた。すでに3800人近い科学者らがオンライン署名するなど、広がりつつある。






