「いずれ釜山は横須賀や佐世保並みの米戦闘艦母港になるのではないか」
北朝鮮の核脅威を巡る米韓の拡大抑止。その要所の一つである韓国南東部の釜山について、ある北朝鮮問題専門家はこう語った。
先月18日、核攻撃が可能な潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を搭載した米国の戦略原子力潜水艦「ケンタッキー」が釜山の海軍作戦基地に寄港し、同艦出港3日後、今度は済州(チェジュ)島海軍基地に米原潜「アナポリス」が入港した。時同じくしてソウルでは米韓両国が拡大抑止を話し合う「核協議体グループ」の初会合が開かれた。これらはいずれも4月の米韓首脳会談で発表されたワシントン宣言を受けての抑止行動だ。
釜山の同基地にはイージス駆逐艦や排水量10万㌧超の米海軍空母の停泊も可能とされるが、米国以外の場所で米戦闘艦を数隻以上母港として受け入れているのは横須賀(神奈川県)と佐世保(長崎県)だけ。米韓の拡大抑止をより強固にすべきと主張する韓国の保守派には、釜山にも横須賀や佐世保と同じような役割を持たせたいと願う人も少なくない。
米原潜の寄港や核協議体グループに北朝鮮側は「われわれの核兵器使用条件に該当することを想起させる」(強純男〈カンスンナム〉国防相)と早速反発した。特に米原潜は、自分たちの核兵器を無力化する力があるため、神経を尖(とが)らせるほかない。
仮に釜山が横須賀や佐世保並みに「米国の戦略原潜が頻繁に寄港して長く停泊したり、交代で寄港すれば事実上の母港」(元韓国外務省幹部)になり、拡大抑止の効果はより高まる。「潜水艦を製造する南東部・巨済(コジェ)(慶尚南道〈キョンサンナムド〉)の民間造船所は釜山に隣接し、修理に好都合」(同元幹部)だという。
一方、韓国では拡大抑止を巡り米国への不満も募っている。ワシントン宣言で韓国が米国に約束した「核拡散防止条約(NPT)の順守」がそれだ。
北朝鮮の核問題に詳しい金泰宇(キムテウ)・元韓国国防研究院責任研究委員はこう指摘する。
「NPT順守とは、戦術核再配備を要求するな、原潜を製造するな、独自核武装をするなという米国の三つの要求を韓国が守ること。言うなれば米国版3不合意だ」
「3不合意」とは、もともと文在寅政権時に韓国が中国に日米韓軍事同盟を作らないなど三つの禁止事項を約束させられたことを指したもの。尹錫悦政権も米国に拡大抑止を巡る「3不合意」を取り付けられたというわけだ。
NPT体制下、米国が韓国に独自の核武装を容認する可能性が低いことは広く認識されてきた。ただ、今この安保危機の最中、そのことをわざわざ明文化すれば「どんな状況になっても米国は韓国の核武装を止めてくれると宣言したに等しく、韓国の国民は不安に、逆に北朝鮮や中国の指導部は安心する」(金氏)結果を招きかねない。
それでも米韓の拡大抑止を上回る脅威が迫った場合、くすぶり続ける核武装論が韓国で再び高まる可能性はある。米韓関係筋はこう指摘する。
「北朝鮮の核や中国の海洋進出などにより北東アジア情勢が極度に緊迫し、日本でも核武装論が浮上すれば、韓国としては日本と一緒に同時核武装することも選択肢の一つ。そうなれば米国は日韓両国に強い制裁を科すことを躊躇(ちゅうちょ)するのではないか」
(ソウル・上田勇実)