米国で短編動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」を巡り、安全保障上の懸念から警戒感が高まっていたが、その一方で国内での使用禁止が実現する見通しは後退しつつある。若い有権者の支持を失うことへの懸念やTikTok側がロビー活動を強化していることなどが背景にあるとみられる。(ワシントン・山崎洋介)
TikTokの親会社、中国IT大手・字節跳動(バイトダンス)と中国共産党は深い関係があるとされており、中国政府がこのアプリを用いてユーザーを監視したり、プロパガンダを流したりする可能性への警戒感が高まっている。TikTokの周受資・最高経営責任者(CEO)は3月下旬、注目された初の米議会証言で、高まる世論の懸念を背景に5時間以上にわたって議員から厳しい追及を受けた。
しかし、TikTok側も巻き返しを図っている。米紙ポリティコによると、同社は、規制の動きに対抗するため、数カ月前に民主党系の有力広報コンサルティング会社SKDKを雇った。同社はバイデン政権と深いつながりを持つことで知られており、その共同創設者のアニタ・ダン氏が大統領上級顧問を務めているほか、国防総省のサブリナ・シン副報道官ら複数の元社員が政権の広報役を担っている。
ロビー活動への支出額も増加している。政治に関わる資金を調査する非営利団体オープンシークレットによると、バイトダンスは昨年、首都ワシントンでのロビー活動に530万㌦以上を注(つ)ぎ込み、2019年の約20倍となった。民主・共和両党の元議員や元議員スタッフらがロビイストとして働いているという。
司法当局がTikTokへの警戒感を高めているのとは裏腹に、バイデン政権は、積極的に同アプリを活用する動きも見せている。ポリティコによると、ダン氏はバイデン氏の一般教書演説に先立って行われたホワイトハウスのイベントで、参加者にTikTokを使ってバイデン氏の演説内容を拡散するよう勧めたという。またニュースサイト「アクシオス」は、近く出馬宣言をするとみられるバイデン氏が再選戦略の一環として、TikTokなどのインフルエンサーのために「ホワイトハウスに専用の会見室を設置するかもしれない」と報じた。
TikTokは若い世代を中心に米国で1億人以上のユーザーを持つ。民主党を支持する傾向が強い若年層を取り込むため、多くの同党議員は、TikTokを通してメッセージを発信している。米国内での使用を禁止することは、政治的なリスクが高いとの認識も、特に民主党関係者の間で広がっている。
最近のブルームバーグ通信とのインタビューで、レイモンド商務長官は、TikTokの禁止について「政治家としての私は、35歳以下の有権者を文字通り、永遠に失うことになると考えている」との本音ものぞかせた。
現在議会に提出されているTikTok関連の法案で、党派を超えて一定の支持が広がっているのが「RESTRICT法案」だ。他とは異なり、TikTokを名指しせず、国家安全保障を脅かす外国の技術を禁止する権限を商務省に与えるものとなっている。
バイデン政権は同法案への支持を表明している。しかし、実際に禁止に踏み切ることについて懐疑的な見方が広がっている。
TikTokを明確に禁じる法律を成立させるべきだと主張するマルコ・ルビオ上院議員(共和党)はFOXニュースに、バイデン政権はTikTokの禁止を望んでいないとした上で、RESTRICT法案は単に「行動を起こしている錯覚を与える」だけだと切り捨てた。
一方、共和党では3月下旬、ランド・ポール上院議員が言論の自由の懸念や選挙で同党が不利になることを理由に、TikTok禁止に向けた動きを阻止した。こうした状況の中、保守系ニュースサイト、ワシントン・フリー・ビーコンは「TikTok禁止が実現しないかもしれない理由」と題する記事を発表し、厳しい見通しを伝えている。