米国では近年、合成オピオイド「フェンタニル」による中毒死の急増が深刻な問題になっているが、その原料をメキシコの麻薬カルテルに供給しているのが中国だ。中国は麻薬カルテルを通じて致死性の高い違法薬物を米国内に送り込み、社会の不安定化を図っているとみられる。専門家からは、中国が米国に「逆アヘン戦争」を仕掛けているとの見方が出ている。(編集委員・早川俊行)
米疾病対策センター(CDC)が5月に公表したデータによると、昨年の薬物中毒による死者は、前年比約15%増の10万7622人(推計)で、初めて10万人の大台を突破した。フェンタニルを中心とする合成オピオイドの中毒死が急増したことが要因だ。
フェンタニルはがん患者らに鎮痛剤として処方される医療用麻薬の一種。ヘロインより50倍以上強力で、わずか2㍉㌘で死に至るとされている。
中国製のフェンタニルは当初、主に郵送で米国内に流れ込んでいた。だが、オピオイド問題を重点課題に位置付けたトランプ前政権が圧力をかけたことで、中国当局が取り締まりを強化。これにより、中国から米国に直接流れ込む量はほぼゼロになった。
だが、すぐに別の供給ルートが確立される。メキシコの麻薬カルテル経由だ。麻薬カルテルが中国の業者から原料を購入してフェンタニルを違法に製造し、既存の麻薬密売ルートを通じて米国内に運び込むという構図である。
フェンタニルはヘロインに比べ、製造がはるかに容易でコストも安い。フェンタニルは合成麻薬であるため、そもそもヘロインのようにケシを栽培したりする必要がない。
米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は8月、麻薬カルテル構成員による違法フェンタニルの製造現場をリポートしたが、施設があまりに簡易なことに驚かされる。薄汚い小屋にプラスチックのバケツや薬剤の瓶などがあるだけで、製造に本格的な施設は必要ないことが一目で分かる。当局に摘発されそうになれば、そこを放棄してすぐに別の場所に移動することができるという。
同紙によると、ヘロイン1㌔当たりのケシの栽培コストは約6000㌦だが、フェンタニル1㌔当たりの原料代は200㌦に満たない。
強力な上に安価。米国の薬物専門家の間で「史上最悪の麻薬」と評されるゆえんだ。
「英国が中国社会を弱体化させるために麻薬を用いたように、中国は米国に対して『逆アヘン戦争』を仕掛けている」
米メディアのインタビューでこう指摘したのは、元国務省高官のデービッド・アッシャー氏だ。現在は有力シンクタンクのハドソン研究所に所属する同氏は、中国との麻薬対策協議に携わった経験から、中国政府が麻薬カルテルに原料を供給する業者の取り締まりに非協力的なのは、「国家による意図的な行為」だと断言した。
アッシャー氏の発言で注目すべきは、同氏が逮捕された密売人から聞き取り調査した内容だ。密売人の話によると、フェンタニルのような致死性の高い薬物は顧客を死なせてしまうため、通常は売りたくないのだが、中国が補助金を出すため、喜んで売りさばいているというのだ。
つまり、中国は米国民を薬漬けにするという明確な意図を持って麻薬カルテルを支援している可能性が高い。1840~42年のアヘン戦争は中国にとって屈辱の歴史の象徴だが、今は中国が逆に、米国を中心とする西側世界に対し、その復讐(ふくしゅう)をしているとも言える。