「米国は偉大な友人を失った。そのリーダーシップは、世界で自由、繁栄、安全保障を推進し、権威主義や専制主義に対抗するため、今後数十年にわたり日米両国が協力し合うための永続的な基盤を築いた」
安倍晋三元首相の銃撃事件後、米上院で全会一致で採択された決議文は、安倍氏が日米関係にもたらした功績をこう評した。具体的な実績の一つとして挙げているのが、安倍氏が第1次政権の2007年にインド議会で行った「二つの海の交わり」と題した演説だ。
その中で安倍氏は「インド太平洋」を外交用語として初めて用い、インドを引き込む形で、米国と豪州との民主国家の連携を唱えた。安倍氏は第2次政権の16年、これを具体化させる形で「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」戦略を発表。自らが主導して創設した日米、オーストラリア、インド4カ国の枠組み「クアッド」の強化にも取り組んできた。
安倍氏の構想は、米国の地域戦略にも取り入れられ、トランプ政権は17年にFOIP戦略を発表。同政権による関係各国への働き掛けもあり、国際社会に広く共有された。バイデン政権でも、FOIPは継承され、地域へ関与する姿勢を明確にしている。
米国では、同国主導の国際秩序を脅かす中国の脅威をいち早く認識し、それに対抗するための世界戦略を提唱した安倍氏の先見の明が改めて評価されている。
CNNテレビ(電子版)は7月中旬、FOIPについて「この短い言葉によって、安倍元首相は多くの外交政策リーダーがアジアについて議論、思考する枠組みを変えた」とその意義を強調。地理的な焦点を中国が周辺国と紛争を抱える東南アジアと南シナ海に移すとともに、その規模で中国と釣り合うインドを対中構想に組み込むというパラダイムシフトをもたらしたと分析した。
安倍氏が特に力を注いだのが、FOIPの基軸となる日米同盟の深化だ。第2次政権が発足した当初、一部米メディアは安倍氏の歴史認識などについて「民族主義者」「右翼」などと危険視したが、同氏は地道な同盟強化の取り組みにより、局面の打開を図った。
戦後70年の節目である15年に日本の首相として初めて行った米議会での演説で、で、未来志向に満ちたメッセージで「希望の同盟」を力強く呼び掛けた。
演説会場に、硫黄島での日米の激戦を体験したローレンス・スノーデン元米海兵隊中将と、同島の守備隊司令官だった栗林忠道陸軍大将の孫、新藤義孝元総務相を招待する感動的な演出などで、スタンディングオベーションが何度も巻き起こった。翌年には当時のオバマ大統領の広島訪問に続いて、安倍氏は12月にハワイ・真珠湾を訪問し、「和解の力」で戦後に区切りを付けた。
米国では、日本が今後も安倍外交を継承することへの期待が強い。
トランプ政権で国家安全保障担当の大統領補佐官を務めたマクマスター氏は、昨年に安倍氏と面会した際、FOIP構想が実現に向け前進したことを誇りに思うべきだと伝えたが、同氏はむしろ、力による平和の実現や日米同盟の強化などに話を向けたという。銃撃事件後のコメントでマクマスター氏は「こうした課題に取り組むことが、安倍首相を称(たた)え、その遺志を継ぐ最善の方法だ」と訴えた。
安倍氏はNATO(北大西洋条約機構)との連携強化にも努め、ロシアのウクライナ侵攻に対する日米欧結束の土台となった。将来を見据え、地球儀を俯瞰(ふかん)しながら普遍的価値観の共有を前提とする積極的平和主義外交を展開した安倍氏。その志を継承する日本の指導者の出現が切に望まれる。
(ワシントン・山崎洋介)