
米国の大学で、言論の自由が脅かされていることへの懸念が高まっている。中絶問題をめぐり抗議運動が強まる中、連邦最高裁のクラレンス・トーマス判事は、ジョージ・ワシントン大学で10年以上続けてきた授業を辞退した。大学内で、異論を排除しようとする左派の動きが強まっている。(ワシントン・山崎洋介)
「トーマス判事は、われわれのキャンパスで何千人もの学生の生活を危険にさらしている」
ジョージ・ワシントン大学の学生たちは6月下旬、トーマス判事による同大ロースクールでの授業を中止するよう大学に求める請願書を提出した。同判事を厳しく糾弾する内容で、1万1000人以上が署名したという。
トーマス判事は、6月24日に最高裁が妊娠中絶を憲法上の権利とした1973年の判決を覆したことにより、左派からの批判の的になっていた。特にトーマス判事は同意意見で、同性婚や避妊の権利を認めた過去の判決を再考するよう呼び掛けていたことに、左派は強く反発していた。
請願書は「子宮を持つ人々(生物学的な女性)の身体に対する自己決定権を奪った最近の最高裁判所の判決に加え、クィア(性的少数派)の人々の権利をも奪い、妊娠を恐れず安全な性行為をする手段を取り除こうとするトーマス判事の意図は明確だ。ジョージ・ワシントン大学における同判事の雇用は全く容認できない」と主張した。
一方、大学側は声明でトーマス判事を擁護。「われわれは活発な意見交換と議論を断固として支持する」として、解雇の要求を拒否した。
しかし7月下旬の大学の声明によると、トーマス判事は「都合が悪い」として辞退を申し出た。理由は明確でないものの、抗議運動が影響を与えたと受け止められている。
請願書を提出した学生は、「われわれはやり遂げた」と“勝利宣言”。「トーマス判事が都合が悪いというのは表向きの話で、大学でトーマス判事が授業を行うことができなくなった本当の理由はわれわれだ」と自らの活動によるものだとした。
しかし、この問題は大学における言論の自由についての懸念を呼び起こし、ワシントン・ポスト紙のコラムニスト、キャスリーン・パーカー氏は「トーマス判事が後退するべきでなかった理由」と題する論評を発表。その中で、トーマス判事が辞退したことは、講義を聞いたり、討論したりすることを望んでいた学生たちにとっても損失だとし、「心の狭い者の独善は、強い偏見以外の何物でもない」と、請願書を提出した学生たちをたしなめた。
問題の背景にあるのは、大学で極端なリベラル化が進んでいることだ。例えば、ハーバード大の学内新聞「ハーバード・クリムゾン」が4月に実施した年次調査によると、同大学教員の82%が「リベラル」もしくは「非常にリベラル」と自認しているのに対し、「穏健派」は6%、「保守的」と答えたのはわずか1・5%だった。「非常に保守的」とした教員は1人もおらず、「非常にリベラル」とした教員は、1年前と比べ8%近く増加した。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校の教授だったジョセフ・マンソン氏は先月、「ウォーク(差別問題に敏感なこと)による高等教育の乗っ取りが研究生活を台無しにした」とブログに書き、退職すると宣言。その中で、人種問題やLGBT問題で左派の考えに異議を唱えた同僚教授らが解雇されたり、辞任に追い込まれていると告発した。
ジョージタウン大学では、法学部教授が1月に黒人女性を最高裁判所に指名すると約束したバイデン大統領を批判したツイートをめぐり、学生団体が人種差別だとして大学側に解雇を要求。大学による調査の後、教授は6月に辞任を表明した。
ジョージ・ワシントン大学の法学教授ジョナサン・ターリー氏はUSAトゥデー紙への寄稿で、トーマス判事の辞退は「高等教育において反対意見が体系的に排除されている最新の事例にすぎない」と指摘。その上で、これにより「反対意見を持つ人々を孤立させ、汚名を着せるためのさらなる活動を煽(あお)る可能性が高い」として今後、事態が悪化することに懸念を示した。