新型コロナウイルスの起源をめぐっては、中国が国際的な調査や情報開示を拒む中、発生から2年以上たっているにもかかわらずいまだに不明だ。一方で、中国・武漢ウイルス研究所(WIV)に資金提供してきた米政府機関などに対し、手掛かりとなり得る多くの情報が非公開とされているとして、開示を求める声が高まっている。(ワシントン・山崎洋介)
著名な経済学者らによる呼び掛けが、新型コロナの起源をめぐる議論に一石を投じた。
経済学者のジェフリー・サックス氏とコロンビア大学の分子薬理学の教授であるニール・ハリソン氏は先月、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に論文を掲載。新型コロナがWIVから流出した可能性を指摘するとともに、「米研究機関には多くの重要な情報があるが、これらはまだ独立した透明性のある科学的な調査は行われていない」として、情報開示を強く求めた。
サックス、ハリソン両氏が挙げているのが、WIVに資金提供したり、研究協力していた組織だ。例えば、国立衛生研究所(NIH)、国立アレルギー感染症研究所(NIAID)、国防高等研究計画局(DARPA)、米国際開発局(USAID)などの政府機関、またコロナウイルス研究で武漢研究所と密接に協力してきた米非営利団体エコヘルスアライアンスやウイルス機能を高める研究の第一人者であるラルフ・バリック氏が所属するノースカロライナ大学チャペルヒル校などが含まれる。
これらの機関や組織は、米政府が資金提供した研究であるにもかかわらず、その実験内容ややりとりしたメールの内容などについての情報公開を拒んできた。ただ、これらの一部は内部告発者によるリークや情報公開請求などにより明らかになっている。
特に波紋を呼んだのが、エコヘルスのピーター・ダザック代表が、WIVの石正麗氏やバリック氏らと共に2018年3月にDARPAに提出した助成金の申請書だ。そこには、新型コロナの特徴である「フーリン切断部位」をウイルスに挿入する計画が記述されており、新型コロナがこうした実験によって作られた可能性を示すものとして注目を集めた。
この申請について、DARPAは、実験に伴うリスクを十分に検討していないなどとして拒否したが、別の資金を用いてこうした研究が実施された可能性も指摘されている。
またサックス氏らは、この申請書は「エコヘルスとWIV、ノースカロライナ大学による共同研究で、新型コロナと同じSARS(重症急性呼吸器症候群)関連のコロナウイルスを大規模に収集し、その操作を行ったことを明らかにしている」と指摘。公開されていない重要なウイルス情報が存在していることを強調している。
サックス、ハリソン両氏の呼び掛けに科学者たちも反応しており、ノバサウスイースタン大学で生物物理学を研究するルイス・ネムザー准教授は、米メディアに「著者たちは、米国の税金で運営される機関が情報をことごとく隠蔽(いんぺい)してきたことを明らかにした」と評価し、「科学に対する信頼を回復するには、透明性を大幅に向上させることが必要だ」と訴えた。
バイデン大統領から新型コロナ起源を調査するよう指示を受けた米情報機関は昨年、感染拡大初期のデータが不足しており、結論を得るには中国政府の協力が必要だとした。ただ、米国側の情報を調べたかは明らかにされておらず、十分に踏み込んだ調査だったのか一部で疑問視されている。
米連邦議会では、共和党議員が政府機関などに情報公開を求めてきたが、民主党はこれまでのところ調査に消極的だ。11月の中間選挙の結果、共和党が議会で多数派を占めるようになれば、調査が進展する可能性がある。
これまで米大統領首席医療顧問のアンソニー・ファウチNIAID所長を厳しく追及してきたランド・ポール上院議員(共和党)は先月の選挙集会で、「11月に多数派を握ることになれば、私は委員会の委員長になり、召喚する権限を持つことになるだろう」と、関係者を議会に招いて徹底した調査を行うことを誓った。