ファウチ氏のメール内容公開
米大統領首席医療顧問のアンソニー・ファウチ米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)所長が、新型コロナウイルス感染拡大初期の2020年2月に、複数の科学者たちから中国の武漢ウイルス研究所から流出した可能性を指摘されていたことが分かった。武漢研究所に資金提供していたファウチ氏ら政府機関トップが、自らに責任追及が及ぶことを恐れ、流出説を封殺した疑いが深まっている。(ワシントン・山崎洋介)
ウイルス操作の可能性議論
中国から世界への感染拡大が始まっていた20年2月1日に、ファウチ氏や当時のフランシス・コリンズ国立衛生研究所(NIH)前所長のほか、少なくとも11人の科学者が参加し、新型コロナの起源について電話会議が行われた。その翌日に参加者の一人がファウチ氏に送ったメールには、科学者たちの発言内容の一部が含まれていた。
科学者たちはその中で、人間への感染力を大幅に高める役割を果たす「フーリン切断部位」に注目。それこそが、新型コロナが研究室で操作された可能性を強く示すものだと捉えていた。
例えば、米スクリップス研究所の免疫学者マイケル・ファーザン氏は「フーリン切断部位に頭を悩ませており、これが研究室以外で起きたと説明するのに苦労」していた。またテュレーン大学のウイルス学者ロバート・ギャリー氏は、「妥当な自然発生のシナリオを考えることができない…これ(フーリン切断部位)がどのように自然に形成されるのか理解できない」と語ったという。
科学者たちが、自然発生説に対して強い疑いを示し、流出説を深刻に受け止めていたことが分かる。
今回公表されたのは、昨年6月に米紙ワシントン・ポストなどが情報公開法を利用して入手し、公開した3200を超えるファウチ氏のメールの中で黒塗りにされていた箇所の一部だ。
NIHは黒塗り部分の公開を拒んできたが、このほど共和党議員のスタッフが閲覧を認められ、そのメモを下院の司法委員会と監視委員会のそれぞれの共和党トップであるジェームズ・コマー、ジム・ジョーダン両議員が今月11日に公表した。
そこでは、科学者たちの多くが、流出説を少なくとも十分に見込みのある説としてみていたことが明らかになった。ところが、こうした見解が公開されないまま、その約1カ月半後には、この科学者たちは流出を否定する立場に転じた。
電話会議に参加した4人を含む5人が、同年3月に医学誌ネイチャー・メディシンに発表した論文では、新型コロナは「研究室で構築されても、意図的に操作されてもいない」と断定した。著者たちから結論が一転した具体的な経緯は説明はされておらず、その不可解さが指摘されている。
また今回、電話会議から3日後の20年2月4日にこの論文の草稿がファウチ、コリンズ両氏らに送られたことを示すメール内容も公表された。2人が論文を書き換えるよう指示を出したか不明だが、多額の研究資金を配分する権限を持つ両氏が、それを受け取る側の著者たちに何らかの影響を及ぼした可能性は十分に考えられる。
さらにコリンズ氏が、同論文を流出説の封じ込めの手段と考えていたことが別のメールからうかがえる。
コリンズ氏は同年4月16日にファウチ氏に宛てたメールで、流出説に注目が高まる中、「勢いを増している非常に破壊的な陰謀論を抑え込むため、NIHは何ができるだろうか」と尋ねた。その上で、同論文が「これを解決してくれることを望むが、恐らくそこまで注目を集めないだろう」と不安を述べていた。
ファウチ氏は早速その翌日、ホワイトハウスの記者会見で同論文に言及し、自然発生説を説いた。当時トランプ前大統領が流出説を調査していると表明していたが、米メディアは「ファウチ博士が陰謀論に冷や水を浴びせた」(ビジネス・インサイダー)などと報じ、議論の封殺に加担した。
NIAID上部組織のNIHは、米非営利団体エコヘルス・アライアンスを通して武漢研究所に資金提供をしている。責任追及への恐れから、両氏が科学的議論を抑圧したことが以前から疑われており、さらなる調査が求められる