米連邦議会乱入から1年、米国の「分断」の行方探ったNHK

選挙不正に対する抗議のため米連邦議事堂前に集うトランプ大統領の支持者たち(山崎洋介撮影)

選挙への“疑いの種”
「民主主義は最悪の政治形態と言われてきた。他に試みられたあらゆる形態をのぞけば」
英国の元首相ウィンストン・チャーチルの言葉だ。ポピュリズムが横行したり、独裁に転落したりするなど、民主主義はさまざまな矛盾を抱える制度だが、これに勝る政治形態はないということを強調する時によく引用される。

1年前の1月6日、自由主義陣営の盟主・米国で、民主主義の根幹を揺るがす事件が起きた。次期大統領を決めるトランプ前大統領の支持者らによる連邦議会乱入だ。その時、議事堂では前年の大統領選挙に基づく各州の選挙人の投票結果を認定し、次期大統領を正式に確定する手続きが行われていたのだから、まさに民主主義の危機だった。

今月6日、NHKは幾つものニュース、時事番組で、乱入事件の背景にある米国の「分断」の深刻度を探る特集を組んだ。その中で、印象に残った識者のコメントがある。

一人は、BS1「国際報道2022」(夜10時)に登場した米サフォーク大学のクリスティーナ・クーリッチ教授。乱入事件が引き起こした最大の損失は「自由で公正な選挙への信頼が低下したことだ」と指摘。1年前に起きた事件によって、選挙への“疑いの種”がまかれ、将来的にも米国の健全な民主主義の障害となり続ける懸念を述べたのだ。差し迫ったところでは、今年秋に行われる中間選挙で、その疑いの種がどういった芽を出すかだろう。

勢い増す中国の主張

米国民の分断は、今に始まったことではない。しかし、乱入事件が深刻なのは民主主義の最低条件とも言える大統領選挙の公正さをめぐって起きたからだ。つまり、少なからぬトランプ支持者たちは、大統領選挙で民主党陣営が不正を行ったとみて、間違った選挙結果が承認されようとしているさなかの議会乱入は、それを阻止するための「愛国的な行動」だと信じている。

一方、民主党支持者は、乱入事件は選挙結果を力ずくで変更しようとした行為だとみている。両陣営とも、民主主義の破壊者は対立陣営で、自分たちこそが正義であり、愛国者なのだと信じて疑わない。だから、その強い信念と信念の対立は簡単に決着がつくものではない。

乱入事件がさらに深刻なのは、その影響が民主主義陣営全体にも及ぶからだ。米国と「新冷戦」を繰り広げる中国が、米国流の民主主義を批判し、中国には“中国流の民主主義”があると強弁してもそれを真に受ける人はいないだろう。

だが、米国で選挙制度への信頼が低下し、民主主義が健全に機能しなくなれば、力ずくでも全体の利益や秩序維持を優先させる政治システムの方が優れているとする中国の主張が勢いを増し、チャーチルの言葉を色あせさせてしまうのである。

機能続ける立憲主義

印象に残ったもう一人の識者は「ニュースウオッチ9」に登場した阿川尚之・慶應義塾大学名誉教授だ。

異なる宗教や人種が集まってできた移民国家・米国にとって、対立や分断は「建国以来の伝統」。これを角度を変えてみれば、信念を持った人間による対立を認めることで権力を抑制させてきたとも言える。しかし、無原則に対立したのでは社会は成り立たない。阿川氏によれば、憲法が定めた仕組みに従って対立するのが米国の民主主義であり政治なのだ。それが「立憲主義」の考え方だ。

では、議事堂への乱入事件で、その立憲主義は破壊されたのか、というとそうでもない。阿川氏は「立憲主義は機能し続けている」と言う。なぜか。乱入者たちが鎮圧された後に再開された議事で、共和党で最も保守派のグラム上院議員でさえも、憲法が決めた手続きに従って決まったジョー・バイデン氏は「正当に選ばれた大統領だ」と認め、最後は共和党も立憲主義を守ったというのだ。

結局、民主主義が健全に機能するには、政治家はもちろんのこと、有権者の規範が不可欠。この厄介な民主主義の価値や理想を信じる人たちがこれをどう守ろうとするのか。中国との新冷戦の行方も、民主主義国家に生きる人々の振る舞い方が左右するのだろう。
(森田清策)

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