トップ国際中東経済理由から「体制チェンジ」へ―イランデモ  反体制有力者不在の中

経済理由から「体制チェンジ」へ―イランデモ  反体制有力者不在の中

 イランで12日、12月28日以来となる抗議デモが全国各地で続き、米人権団体HRANAは死者が500人近くに達したと伝える。物価高を背景に通貨リアル急落が切っ掛けとなったデモだが、次第に聖職者支配のムッラー政権打倒を叫ぶ「体制チェンジ」要求の声を高めている。だが国内には反体制派の指導者と呼べる人物が存在しない。

 抗議デモ参加者に政権は、強硬姿勢で臨んでいる。イラン指導部は8日から国内のインターネットを遮断。デモ参加者間のコミュニケーションを制限、大規模な抗議活動の報道、写真、動画の共有、またそれらの公開の抑制を意図している。ただし、端末によっては、スターリンク衛星システムを介した外部との接続が可能だ。

 米国戦争研究所(ISW)によると、イラン指導部は抗議デモ参加者に、もはや「テロリスト」のレッテルを貼っている。またイラン当局が抗議活動を「法執行、群衆統制の問題ではなく、軍事問題」と捉えつつあると伝えている。最高指導者ハメネイ師は9日、デモ参加者を「外国人のための傭兵」と非難。イラン革命防衛隊(IRGC)なども、抗議デモを「米・イスラエルによる介入の口実」と非難した。

 トランプ米大統領もイラン情勢を注視する中、米国内から、1979年に廃位となったパフラヴィー元国王の皇子、レザー・パフラヴィー氏が8日、イラン国民に向け母国語のペルシャ語でメッセージを送り、抗議デモ参加者に連帯を表明。トランプ氏にも介入を求めた。後に全国的なストライキも呼び掛けたが、デモが暴動化しないよう自制も求めている。亡命先米国からの同氏呼び掛けに歓迎の声がある一方、あくまで現体制での改革を進めるべきだとする声も根強い。

 1979年、亡命先のパリから帰国したホメイニ師によるイスラム革命後、聖職者支配の専制体制がイランで構築され、今日まで続いてきた。この間、国内の反体制派指導者や組織は国外に亡命していった。結果、国内には反体制派と呼べる指導者、グループは存在しない。

 イランで抗議デモが今後も続くと、ハメネイ師の国外への亡命、ムッラー政権崩壊へとつながる可能性がある。師の後継者と見られたライシ大統領は一昨年5月、ヘリコプター墜落事故で死去した。後継候補者らによる安全保障に関する最高意思決定機関、「国家安全保障会議」のメンバーも多数、イスラエル軍に殺害された。そうして体制派も有力後継者というべき人物を失っていったのだ。

 ポスト・ハメネイ師で一時的にイランには政治的空白が生じ、現政権内の穏健派が暫定統治するかもしれない。その場合もトランプ米政権による軍事介入は、あっても限定的なものとなろう。米国が暫定政権にパフラヴィー氏を担ぎ出す指摘もあるが、一部の推定では、現イランで王政復古支持者が国民の2割前後と見られ、見通しは立ちづらい。 (ウィーン小川敏)

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