トランプ米大統領の号令待ちといった感じだが、イスラエル軍のイラン攻撃はいよいよ最後の一撃を加える段階に突入してきた。トランプ氏は戦争嫌いで知られ、米軍の参戦を避けるかもしれないが、イスラエルはイランの核関連・軍事拠点に最後の一撃を加えることに躊躇(ちゅうちょ)しないだろう。
イランの最高指導者ハメネイ師は依然、「米軍の脅しに屈してはならない」と言うものの、本人は地下壕(ごう)に入って身を潜めている。だが、イランの首都テヘランでは、市民がすぐに逃げることができる地下壕はほとんどない。
イスラエルの攻撃が激化してきたことを受け、テヘランから避難する市民の車列は長くなり、道路は渋滞になっている。イランは世界有数の原油輸出国だが、ガソリンは配給制で、国民は車1台につき15㍑しか給油できない。車で避難しようとしても、ガソリンが切れたらそれまでだ。ただ、「Xデー」に備えてガソリンを蓄えてきた市民も少なくないとみられる。
空路で隣国に逃げようと考えるエリート層はいるだろうが、テヘラン国際空港は既にイスラエル軍によって攻撃を受け、離着陸ができない状況だ。軍のヘリコプターを使う手もあるが、大きな危険が伴う。というのも、ハメネイ師の後継者とみられたライシ大統領は昨年5月、ヘリコプター墜落事故で死去している。米国の対イラン制裁により、航空機部品が手に入らないのだ。
ところで、イラン国民はどこに逃げることができるのか。多くは国内の安全な地域を探すだろうが、外国に逃避するケースもある。イランは東にトルクメニスタン、アフガニスタン、パキスタン、西にトルコ、イラク、アゼルバイジャン、アルメニアと国境を接している。
現地からの情報によると、イラクに逃げる国民が多い。イラクにはシーア派が多くいるからだ。アゼルバイジャンもシーア派が多いが、イスラエルとの関係が改善されてきたこともあって、イラン国民は躊躇するかもしれない。パキスタンは国境を閉鎖してイランからの避難民の殺到を回避している、といった具合だ。 ユダヤ民族は世界に離散してきたが、1948年に独自の国家イスラエルを建国した。周辺はすべて反イスラエルを国是とするアラブ諸国だった。ただ、その構図もここにきて次第に変化してきた。
ユダヤ民族が忘れてはならないことは、イランがペルシャと呼ばれていた時代、ペルシャ王朝のクロス王が紀元前538年、ユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還させたことだ。クロス王が神の声に従ってユダヤ人を解放しなければ、現在のイスラエルは存在していなかっただろう(「旧約聖書「エズラ記」)。
イランのアフマディネジャド前大統領が「イスラエルを地上の地図から抹殺してしまえ」と暴言を発したこともあって、イスラエルとイランは常に対立してきたと考えがちだが、事実はそうではないのだ。
国際政治は愛や善意で動かないが、それとまったく懸け離れた原理で機能しているわけでもない。イスラエルはテヘラン攻撃を激化させる前に、テヘラン市民に避難するように呼び掛けていた。
(ウィーン小川敏)