昨年10月から戦闘を続けるイスラエルとレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラが60日間の一時停戦で合意した。イスラエルは今後、パレスチナ自治区ガザのイスラム組織ハマス壊滅と人質解放に向け注力する構えだ。(エルサレム森田貴裕)
イスラエルとヒズボラの間では11月27日に停戦合意が発効した。しかし、その後もイスラエル軍は、ヒズボラに停戦合意の条件違反があったとして、レバノン南部の複数の地域を戦車で砲撃。車両に乗った複数の容疑者が南部に入ったため攻撃したと説明した。いずれの地域も国連が定めたレバノンとイスラエルの境界線「ブルーライン」から2㌔以内にあり、軍はレバノンの住民らに対し域内に立ち入らないよう呼び掛けていた。さらに軍は、ロケット発射装置を移動させるなどテロ活動を確認したとして、ヒズボラの関連施設を標的に空爆を実施した。
軍は声明で「レバノン南部へ展開し、停戦合意の違反行為に積極的に対処する」と発表した。イスラエルのネタニヤフ首相は、軍に対し、ヒズボラが停戦を破った場合の激しい戦闘に備えるよう指示していた。
停戦合意の発効を受けて、レバノン南部から避難していた多くの住民が自宅への帰還を始めていた。ヒズボラ所属のレバノン国民議会(国会)議員は、「イスラエルが国境近くの村に戻ろうとしていた人々を攻撃している」と指摘し、停戦合意違反だと非難。レバノン軍も、イスラエルが複数回にわたり停戦違反を犯したと非難した。ヒズボラの最高指導者カセム師は29日、イスラエルとの停戦後初めてのビデオ演説で、「ヒズボラは誇りを持って停戦に合意した」と述べた。その上で「停戦合意履行のためヒズボラとレバノン軍は緊密に連携する」として、停戦の維持に取り組む意向を示した。
今回の停戦合意では、60日間の移行期間にヒズボラは国境から約30㌔北のリタニ川以北へ撤退し、イスラエル軍はレバノン南部から部隊を段階的に撤収する。レバノン軍はイスラエルとの国境沿い33カ所を含むリタニ川以南に約5000人の部隊を配置し、国境付近には国連レバノン暫定軍(UNIFIL)も展開する。
フランスのグルノーブルアルプス大学政治学部のダニエル・マイヤー助教授は、米国の中東ニュースサイト「メディアライン」で、今回の停戦合意と2006年のイスラエルとヒズボラの戦争を終結させた国連安保理決議第1701号との主な違いは、米国主導の監視委員会を導入したことだと指摘する。また、ヒズボラが違反した場合、イスラエルは軍事介入する権利があるとしている。さらに、イスラエル空軍機はレバノン上空を飛行し続けることができるという。
ネタニヤフ首相は地元メディアのインタビューで、「レバノンの状況はガザ地区とは異なり、その目標はより限定的で、ヒズボラが脅威となるのを防ぐことだけを目指している」と述べた。また、「ヒズボラは(ハマスの側に)いない」と指摘した。カリスマ性と賢明さを持つ指導者として、支持者から尊敬を集めていたヒズボラの最高指導者ナスララ師は、「イスラエルがハマスへの攻撃をやめるまで攻撃を続ける」と宣言していた。マイヤー氏によれば、ナスララ師殺害の後、ヒズボラの内部組織は崩壊しているという。ヒズボラはイスラエルとの交戦で2000人以上の戦闘員や重要なインフラを失ったと推定され、厳しい試練に直面している。レバノンの経済が崩壊する中、ヒズボラが組織を再建できるかどうかは不透明だ。
ネタニヤフ氏は、ハマスとの停戦合意の可能性について、「人質解放が達成できると思えば、ガザ地区での戦闘の一時停止を受け入れる」と語った。また、いつでも停戦に応じる用意があるとした上で、ただし、ハマスが要求する戦争の終結は受け入れないと強調した。
イスラエルの安全保障問題関係閣僚で国内治安機関シャバク(シンベト)元長官のディヒテル農相は、外国人の記者団に「われわれはガザ地区でまだやるべきことがたくさんある」と述べた。レバノン南部での地上作戦を終えたイスラエル軍部隊は今後、ガザ地区へ再配置される。ガザ地区では101人の人質がまだ拘束されており、イスラエルの戦争目的である人質解放とハマス壊滅はまだ達成されていない。