イスラエルが10月下旬、イランの軍事施設を標的に空爆を行った。報復を警告するイランは、イスラエルに対して既に2度の大規模な弾道ミサイル攻撃を行っている。今後も攻撃の応酬が繰り返される恐れがあり、イスラエルとイランの間で緊張が高まっている。(エルサレム森田貴裕)
イスラエル軍は10月26日、イランの首都テヘランや西部イラム州、南西部フゼスタン州にある軍事施設を標的とした空爆を実施した。報道によると、空爆作戦には、同軍の戦闘機やドローン(無人機)など約100機が参加。シリアやイラクにある防空システムを破壊し、両国の領空からイランを攻撃した。敵国領空で空中給油を行いながら、数千㌔を飛行したという。標的を絞った攻撃を完了した同軍空軍機は、いずれも無事に帰還したという。イスラエルのネタニヤフ首相は27日、イランへの攻撃に言及し、「イランの防衛能力とミサイル生産能力に深刻な打撃を与え、全ての目的を達成した」と戦果を強調した。
イラン当局によると、イスラエル軍による空爆で、少なくともイラン兵士4人が死亡した。イランは、イスラエルの攻撃による被害は「限定的」と主張。ペゼシュキアン大統領は、イスラエルの攻撃に対して「イランは相応の対応を取る」としながら、「われわれは戦争を望んでいるのではなく、国家と国の権利を守るつもりだ」と述べた。
イランは10月1日、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの最高指導者殺害などへの報復として、イスラエル本土へ向けて約200発の弾道ミサイルを発射した。これを受け、ネタニヤフ氏は「イスラエルには自衛の権利と義務がある」として、報復を宣言していた。イランは4月にもイスラエル本土を直接攻撃している。イランによる過去2度のイスラエルへの攻撃で、弾道ミサイルを発射したイラン軍事施設などが今回の標的となった。
イスラエル紙イディオト・アハロノトの軍事ジャーナリストであるロン・ベンイシャイ氏によれば、今回のイスラエルによるイランへの空爆作戦の一環として行われた軍需工場への攻撃は民間人の労働者がいない午前2時ごろに行われた。ベンイシャイ氏は、民間人の犠牲者を出さないようにするためのイスラエル側の最大限の努力が払われた攻撃だったと評価。民間人に犠牲者が出た場合、イランはイスラエルへの報復を余儀なくされるため、報復を行わない選択肢を与えるための措置だったと分析する。
一方、イランの最高指導者ハメネイ師は11月2日、イスラエルや米国に対し「必ず壊滅的な報復を受ける」と述べた。ただ、報復の時期や範囲については言及しなかった。ハメネイ師はイスラエル軍による空爆の翌日の演説で、慎重な対応を示し、報復の言及は控えていた。しかし、その後に民間人1人の死亡が確認され、死者数が計5人となり、イラン当局はイスラエルへの攻撃を開始すると警告していた。
イランはイスラエルを国家として認めていない。イスラエル殲滅(せんめつ)を目標として掲げ、これまでヒズボラやイスラム組織ハマスなどイスラエル国境沿いの代理武装勢力に武器や資金を投入してきた。このイランの戦略の要はヒズボラだったが、イスラエル軍によるここ最近行われたヒズボラ指導者の殺害や、レバノン南部にあるヒズボラの拠点に対する限定的な地上作戦によって、現在では大幅に弱体化している。パレスチナ自治区ガザでの戦争は2年目に突入し、指導者を次々と失ったハマスも弱体化している。イスラエル軍はガザ地区の地上部隊の規模を縮小しているが、ハマスを標的に空爆や地上作戦を続けている。
国家安全保障と外交政策における戦略アドバイザーで、イスラエル国家安全保障会議や首相の戦略顧問を務めたリアン・ポラック・デービッド氏は、米国の中東ニュースサイト「メディアライン」で、ヒズボラとイスラエルとの停戦が数週間以内に成立する可能性は十分にあると語る。ただ、イスラエルとイランの直接攻撃は今後数年間、双方の間で攻撃の応酬が繰り返される恐れがあるという。同氏によれば、ハマスやヒズボラとは関係のない本格的な全面戦争へと拡大する可能性があり、イスラエルはイランの核施設を標的にする可能性もあるという。
イスラエルの矛先は、ハマスからヒズボラ、そしてイランへと向けられつつある。