イスラエルでは7月24日、ネタニヤフ政権が進める司法制度改革の関連法案のうちの一つである最高裁判所の権限を制限する法案がクネセト(イスラエル国会、一院制、定数120)で可決された。その後、反対派による抗議活動が激化し、全土で大規模なデモ集会も行われた。イスラエル社会が分断の危機に瀕(ひん)している。(エルサレム・森田貴裕)
クネセトで24日、閣僚人事や政策など政府の決定を最高裁が合理性を判断理由に無効とする権限をなくす法案が、野党が最終投票をボイコットする中、賛成64、反対0で可決された。
バイデン米大統領は、ネタニヤフ政権に対し司法制度改革がイスラエルの分断を招いていると警告、法案の採決を急がないよう求めていた。24日に法案が可決されたことを受け、米大統領報道官は、声明で「残念だ」と表明した。
法案が可決されたこの日、テルアビブのカプラン通りには反対派のデモ参加者1万5000人が集結。エルサレムでも数千人がクネセト近くに集結していた。法案可決後、これに激怒したデモ隊は、エルサレムとテルアビブの幹線道路や主要大通りを封鎖。たいまつを灯(とも)して国旗を振り「われわれは諦めない」と訴えた。警察は、騎馬警官や放水銃を使ってスカンクウオーターと呼ばれる強烈な悪臭を放つ水をデモ隊に浴びせるなど排除を試みたが、警察部隊とデモ隊のもみ合いは未明1時すぎまで数時間に及んだ。警察によると、デモ隊が砂の入った瓶を投げ付け、警察官13人が負傷、33人が逮捕された。ハイファなどの都市でもデモ隊が道路を封鎖した。翌25日朝、イスラエル有力紙のほとんどが「暗黒の日」と題して、一面黒塗りの新聞を発行した。
ネタニヤフ政権が打ち出した司法制度改革を巡っては、1月からテルアビブなど各都市でイスラエル建国史上最大規模の抗議デモが毎週末に行われてきた。さらに、最近では司法制度改革に反対する空軍パイロットを含む数千人の予備役が任務に就かないと表明し抗議している。
政権の暴走を食い止める憲法がないイスラエルでは、これまで最高裁が内閣と国会を監視してきた。司法制度改革を推進する与党各党は、司法があまりにも強力になり過ぎて政権の法案が妨害されてきたとして、その見直しによって司法、国会、内閣間の権力バランスが調整され、民主主義は強化されると主張する。
一方、野党など反対派は、司法制度改革で、権力をチェックする唯一の手段である最高裁がその権限を失い、ネタニヤフ政権に自由な権限を与え、イスラエルの民主主義を破壊することになると主張する。
昨年12月に発足したネタニヤフ連立政権だが、最高裁判所が今年1月、宗教政党シャス党首のデリ氏は脱税で有罪判決を受けており閣僚資格はないと判断し、ネタニヤフ首相に罷免を要求。ネタニヤフ氏はデリ氏の閣僚解任を余儀なくされた。今回の法案が成立したことで今後、ネタニヤフ政権がデリ氏を閣僚に復帰させる可能性もある。
ただ、ミアラ司法長官が、汚職罪で公判中のネタニヤフ氏がこの法案に関わることは違反に当たるとして、今回の新法の無効化を高等裁判所に申し立てた。最高裁は7月26日、新法に対する上訴を審理すると発表。9月に審議する予定だが、それまでは差し止め命令は出さないとした。
29日には、全土約150の都市で20万人以上が抗議デモを行った。テルアビブの大集会には約17万4000人が集まり、 ハイファで2万5000人、エルサレムで数千人が参加した。
イスラエルのメディア「チャンネル13」の世論調査によると、イスラエル人の約3割が国外への移住を検討しているという。また、回答者の5割以上は、司法制度改革が内戦を引き起こしたり、イスラエルの安全保障に悪影響を及ぼしたりすることを懸念しているという。
ネタニヤフ氏は、11月末までに司法制度改革法案の全てにおいて大筋合意に達するため野党側と協議するとしている。野党イェシュアティド党首のラピド前首相は、協議の条件として、司法制度改革法案の18カ月間の凍結を要求した。ラピド氏は分断の解決方法として、独立宣言に基づくイスラエル憲法の制定を提唱している。
野党や反対派は抗議活動を継続する構えを見せており、混乱が続く可能性がある。