シリアの首都ダマスカスにあるイランの在外公館が1日、イスラエル軍によるとみられる空爆を受け、イラン革命防衛隊の司令官らが死亡した。イランはイスラエルの攻撃と断定し、報復を明言。イスラエルは世界各地の大使館を厳戒態勢に置いた。イスラエル市民は、戦争の規模が拡大することを懸念している。(エルサレム・森田貴裕)
ダマスカスのイラン大使館に隣接する領事部の建物に1日、イスラエル軍戦闘機が発射したとみられるミサイルが撃ち込まれ、イラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のザヘディ司令官や軍事顧問ら7人が死亡した。攻撃の標的となったザヘディ氏は、2020年1月にイラクの首都バグダッドで米軍の空爆により死亡したソレイマニ司令官に次ぐ高位とされる人物だ。イランはソレイマニ氏が殺害された後、イラクにある米軍基地に向けて数十発のミサイルを発射している。
イランのライシ大統領は2日、「シオニスト政権(イスラエル)は、無差別的な暗殺を実行した」と非難し、「報復を受けることになるだろう」と強調した。イランの最高指導者ハメネイ師も「われわれの勇敢な男たちの手によってイスラエルは罰せられるだろう」と報復を表明した。
イランのメディアによると、ここ数カ月間でイスラエル軍によるとみられる攻撃によってコッズ部隊の上級指揮官4人を含む隊員少なくとも18人が殺害されている。ただ、今回は在外公館を標的とした攻撃は異例で、イスラエルがこれまでシリア領内で繰り返してきたイラン関連の軍事施設への空爆とは異なっていた。米メディアによれば、イスラエル当局者らは、攻撃された建物は公館ではなく、民間を装ったコッズ部隊の軍事施設として機能しており、正当な標的だったと述べている。
イランでイスラエルへの報復攻撃を求める声が高まっている。首都テヘランでは5日、司令官らの葬儀が行われ、数千人が集まった。イスラム教のラマダン(断食月)最後の金曜日に開催されるパレスチナへの連帯を示す「コッズ・デー」(エルサレムの日)の記念式典と同時期に行われた。例年は、イラン全土の都市でカーニバルのような雰囲気が漂うが、この日の群衆は「イスラエルに死を」などと叫び、重苦しい空気の中でパレスチナ国旗を振った。
イスラエルのネタニヤフ首相は4日、治安閣議で「われわれに危害を加える者は誰であれ攻撃を受けるだろう」と述べ、報復の構えを見せるイランを強くけん制した。イスラエルは、イランの報復を警戒し、世界各地の大使館を厳戒態勢に置き、約30の大使館を一時閉鎖。イスラエル軍は、戦闘部隊の休暇を取りやめ、予備役を招集した。軍がミサイルやドローンなどによる攻撃を無力化するため全地球測位システム(GPS)の信号を遮断したため、位置情報を使うアプリが使用できなくなり市民の生活にも影響が出た。
イランの報復の脅威が高まる中、イスラエルでは戦争規模の拡大を懸念して発電機の買い求めが急増。市民は飲料水や食料の買いだめに走り、ATMから現金を引き出した。イスラエル軍報道官は、市民に対し「イランからの攻撃に警戒しているが、パニックに陥るべきではない」と強調。買いだめなどする必要はないと述べた。
イスラエル紙イディオト・アハロノトの軍事ジャーナリストであるロン・ベンイシャイ氏は、イランはイスラエルとの全面戦争を始めるつもりはなく、イスラエルに対して総攻撃を仕掛ける可能性は低く、限定的な報復攻撃の可能性が高いと分析する。
イランは代理勢力のパレスチナ武装勢力によるイスラエル軍を狙ったテロ攻撃を示唆しており、イスラム教シーア派武装組織ヒズボラがイスラエル北部に侵入する可能性もある。これまでのイランによるイスラエルへの攻撃の傾向から、特にアラブ諸国などにあるイスラエル大使館や、ユダヤ教の過越祭(ペサハ)の期間(4月23~29日)に外国を旅行するイスラエル人を狙って攻撃を行う可能性が高いという。
イスラム組織ハマスによる昨年10月のイスラエル奇襲で始まった中東地域の緊張がさらに高まり、イランとイスラエルの間で報復の応酬に発展する可能性がある。