トップ国際朝鮮半島BTSにグラミーは必要ない【セゲイルボを読む】

BTSにグラミーは必要ない【セゲイルボを読む】

8月1日、ニュージャージー州イーストラザフォードのメットライフ・スタジアムで開催された「Arirang」ツアーでパフォーマンスを披露する韓国のK-POPグループBTS
8月1日、ニュージャージー州イーストラザフォードのメットライフ・スタジアムで開催された「Arirang」ツアーでパフォーマンスを披露する韓国のK-POPグループBTS

 コラム締め切りを数時間後に控えて、Kカルチャーの役割について他の原稿を終えていた刹那(せつな)、BTS(防弾少年団)メンバー7人のインスタグラムのストーリーにそれぞれ同じメッセージが上がってきた。「今年はグラミー賞への楽曲エントリーを見送ることにしました。地域や言語で区切られるのではなく、音楽そのものが評価され、愛されることを願っています」。短い文章だが重い内容だった。

 発端は1カ月前、グラミーが新設を発表した「最優秀アジアン・ポップ・ミュージック・パフォーマンス」部門だった。一見するとアジアの大衆音楽の地位を認めて新しい部門を設立するように見えるかもしれないが、これは地域と言語に基づいて音楽を区別するという人種主義の別の表現だった。新部門創設と同時に言語を資格基準として厳格に定めたことは、グラミーがいつもやってきた〝排除と隔離〟だった。

 今回のボイコットは特別な理由がある。BTSは抗議声明の代わりに参加を拒否する方法を選んだ。それも「アリラン」ワールドツアーで米国と欧州だけで150万人以上の観客を集め、公演ごとに完売行進を続けている現在、世界中の大衆音楽市場で最も影響力のあるアーティストが下した決定だ。冷静に受け取ればBTSを必要とするのはグラミーの方だ。そんなBTSが先に背を向けたという事実は、グラミーが長い間積み重ねてきた「招待する者」としての権威が既に逆転しているというシグナルでもある。

 地域と言語で音楽を区分して、アジア出身の歌手を別のトラックに押し込むやり方は、思いやりのように見せ掛けた排除である。英国のバンドが英語で歌うのを「アングロサクソン・ポップ」部門として別に閉じ込めないのを見れば、その意味は明らかだ。主流のポップアーティストとアジアのアーティストを同じステージで競わせないようにしようとするグラミーの今回の行動は、これまでの黒人アーティスト、ラテンポップ、ヒップホップ音楽に対する長年の排除と差別の延長線上にある。

 グラミーが人種主義的ゲットー化を自ら公表した以上、衰退していったグラミーの権威と正当性は今回の決定でさらに下落すると予想される。逆に「アリラン」ツアーが示すように、グラミーの受賞の有無に一喜一憂する必要はもうない。なぜなら彼らはすでに別の方法で圧倒的な成功を証明しているからだ。今後、他のアジアンアーティストも同様の部門参加で同様の選択の岐路に立つだろうし、グラミーを必要としない可能性が大きい。大衆音楽市場の重心は、既に賞を与える側から賞を必要としない方に移った。グラミーだけが、まだその事実を知らない。

(イ・ジヨン韓国外大教授、7月31日付)

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