トップ国際朝鮮半島韓国保守再建の指標 趙甲済氏「最も有能な文明建設勢力」 「唯一の代案」は韓東勲氏の“弁明”

韓国保守再建の指標 趙甲済氏「最も有能な文明建設勢力」 「唯一の代案」は韓東勲氏の“弁明”

 韓国保守は未(いま)だに一昨年末の尹錫悦大統領(当時)による戒厳発令とその後の弾劾事態の後遺症が癒(い)えていない。それどころか、例えて言えば、術式を巡って議論ばかりしていて、手術にすら取りかかれていないような状況だ。

 保守野党「国民の力」の支持率は一時10%台に落ち「保守の危機」が叫ばれた。だがその悲鳴の大きさの割には何の対策も打ち出せていない。6月に地方選と国会議員補選を控えながら、党内は党権派(尹氏の復権を求める「尹アゲイン」派)と非党権派に分裂したままで、一つにまとめられるリーダーもなく、このままの状況が続けば「保守の壊滅」も言葉だけでは済まなくなる。

 月刊朝鮮(4月号)で韓国言論界の重鎮である趙甲済(チョガプチェ)氏と韓東勲(ハンドンフン)元国民の力代表が対談した。韓氏への評価は交錯している。戒厳令解除決議に賛成したことで、党権派からは「裏切り者」の烙印(らくいん)を捺(お)され除名された。その一方で3月初め「保守の心臓」であり党権派の地盤である大邱市を訪れ、市民数万人の歓呼を受けた。

 事前に「大邱は塩対応するだろう」「石を投げられる」と言われていたが、“正面勝負”した韓氏に軍配が上がったようだ。これについて韓氏は「ヨイド(中央政界、日本で言えば永田町)で考えるよりも、現場の国民心理の動きは速い」と言った。尹氏の復権を期待するよりも、尹氏に「絶縁宣言」をして新しく出発する方に風向きが変わってきているとの見方だ。

 大邱市と慶尚北道を合わせて韓国では「TK」と呼び、慶尚北道南道を合わせて「嶺南」という。ここ出身で後に一時、釜山で勤務した趙氏は慶尚道の気質をこう解説する。

 「大邱は韓国政治の中心という象徴性がある。朴正煕、全斗煥、盧泰愚、李明博、朴槿恵と、歴代の大統領がTK出身だったり、この地の学校を出ていて、TKが韓国政治を主導したという自負心がある」

 だがTKでなくソウル出身の韓氏がなぜここで支持を得るのか。これについて趙氏は尹アゲインに拘泥し内部分裂を助長している尹派への失望と、保守再建へのプライドをTKが持っているからで、その期待が韓氏に向けられたと説明する。

 そのプライドが何に由来しているのかについての趙氏の説明は面白い。「韓国保守は世界で最も有能な文明建設勢力だ」として、「共産党と戦い、国内の前近代的要素と戦いながら産業化も成功し、民主化も成し遂げた。世界でほぼ唯一の保守勢力だ」と誇るのだ。

 この指摘には韓国保守がなぜ凋落(ちょうらく)したかのヒントがうかがえる。韓国は1948年の独立時から共産主義勢力と対峙(たいじ)してきた。北朝鮮は武力による南侵統一を試み、同時に思想工作も続けてきた。これに対抗するため、強権政治や軍事政権を余儀なくされ、多くの犠牲もあったが、自ら民主化を実現し、同時にその間、工業化にも成功して、今や「世界10位圏の経済大国」となった。これらを牽引(けんいん)してきたのが韓国保守である。

 ところが、今の保守にはその精神と伝統が薄れている。第一に「共産主義との戦い」が曖昧になってきた。保守で反共を前面に出す者は少ない。加えて現在社会では、かつて学生時代、軍事政権に反対し、その理論的裏付けを求めて共産主義に傾倒し“洗礼”を受けた世代が主流を占めている。反共は少数派に転落しているのだ。趙氏はその視点から今の保守を見ている。

 一方、韓氏はまさにその社会の主流世代で、大学では学生運動が盛んだった。そして80年の光州事件(5・18民主化運動)、87年の「6月民主抗争」と「民主化宣言」、大統領直接選挙制導入、金大中、盧武鉉の左派政権誕生の時代を過ごしながら、保守の役割と個性が薄れていった時代を過ごしている。

 そうした時代の空気の中で、韓氏は戒厳に際して、いち早く解除決議に賛成したわけだが、「これ(国民の力からの18票)がなかったならば、保守は絶滅していた」と韓氏は語っている。「戒厳の壁を越えて保守を結集させる唯一の代案」と言われる韓氏の“弁明”が韓国保守の再建につながっていくのか、「術式」はまだ見えてきていない。

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