
新型コロナウイルスの感染拡大で中朝貿易が事実上中断されて以降、北朝鮮は外貨不足に見舞われ、それはウクライナに侵攻したロシアに派兵する前まで続いたとみられるが、当時、その活路を日本との対話に求める計画が浮上し、金正恩総書記も承諾していた…。本紙はこのほど、すでに一部関係者の間で出回っている関連の北朝鮮内部文書を入手。そこには日本政府認定の被害者12人について「大部分が生存」と記され、正恩氏が拉致問題解決に向き合おうとしていたことが読み取れる。(ソウル上田勇実、写真も)
「敬愛する最高領導者 金正恩同志の2022年12月7日批准方針」と記され、党組織指導部がまとめたとみられる文書によると、正恩氏は同年11月15日と12月7日に「共和国(北朝鮮)に造成された難関を克服し、日本植民地賠償金問題に終止符を打つための事業を了解」し、それに関し「日本政府と(の間で)提起されるあらゆる問題は、金与正副部長同志の責任の下、関係部門の人員と議論し、具体的な対策案を立てる」という意見が出されたという。
その上で対策会議では、「岸田政権は日本人拉致問題解決に向け最後まで手を緩めず、結論を出そうという意志があることを再確認した」という言及があり、最も重要な問題として「日本政府が認定した拉致被害者12人に対する第一次的解決」を挙げ、「実際12人のうち一部死亡者がいるが、大部分が生存している」との認識が示された。
外貨不足解消に向け、拉致問題で日本を誘い出し、巨額の戦後賠償を引き出す狙いがうかがえる。
文書は「大部分生存」という事実が、これまで北朝鮮が「死亡または入国の事実なし」としてきた既存の見解と食い違うため、「どのように釈明するか具体的決定が必要との意見が出された」とし、拉致被害者再調査などの責任者として「国家保衛省特別顧問キム・ジョンノク同志」を任命したとも明らかにしている。
また「2023年1月14日批准方針」の文書によると、前述した正恩氏の承諾による日本人拉致問題への対応と関連し、政府認定12人の再調査は「2月下旬に第一次の結果報告」をし、北朝鮮側が一方的に「死亡」と伝えてきた被害者の「正確な証拠」を確保する問題が提起されたという。
文書は政府認定ではない、いわゆる特定失踪者についても言及。「追加調査を3月から行う予定」としている。
文書の内容が事実とすれば、当時、拉致問題を巡り日朝間で水面下の交渉が行われていた可能性がある。
日韓の関係機関や専門家らは、文書について誤字脱字が多く、日本側に過度に配慮する内容が目立つことから、捏造(ねつぞう)された疑いがあるとの見方を示しているという。
ただ、元北朝鮮外交官の太永浩氏は「文書の真偽を確認する価値はある」と述べた。
太氏は、誤字脱字について「組織指導部から社会安全部や外務省など下部組織に伝えられる段階までは原本と同じ物だが、コンピューターが導入された2013年以降は、さらに下部に伝える時は原本を見ながらパソコンで入力するため、誤字脱字が多く発生する」と指摘。日本寄りとも言える北朝鮮の態度については「外貨不足で苦境に立たされていた北朝鮮が、日本との対話に活路を見いだそうとしたためだろう」と述べた。
日朝はまず小さな合意順守を

――北朝鮮が日本人拉致問題に向き合おうとした様子を浮き彫りにした内部文書の真偽についてどう思うか。
誤字脱字の多さから偽物だと決め付けるのは早い。各部署間の報告の段階によっては、誤字脱字が発生せざるを得ない構造だということを知るべきだ。文書上段には「批准方針」と記されているが、これは金正恩氏への報告が済んだ後、下部組織に伝達される段階の文書であることを示す。正恩氏に報告する段階の文書に誤字脱字があれば、担当者は即刻解任されるため、あり得ない。下部組織に伝達される過程で生じた、避けられない誤字脱字と見るべきだろう。
――文書には日本に好意的な態度が目立ち、不自然だ。捏造(ねつぞう)の疑いを指摘する声もあるようだ。
文書が作成された2022年末から23年初めは、北朝鮮がコロナ禍で中国との国境が封鎖されて貿易がストップした上、ウクライナに侵攻したロシアに派兵する前の時期であったため、深刻な外貨不足に陥っていた。北朝鮮は外貨難に直面すると、正恩氏が各部署にハッパを掛ける。その過程で日本が重視する拉致問題を利用し、外貨獲得を模索する計画が浮上した可能性はある。
――高市早苗首相も歴代首相と同じように拉致問題解決に力を入れるとみられる。日朝対話はどう進展するだろうか。
高市氏の支持率は高く、与党も先の衆院選挙で国会多数を獲得したため、有利な国内政治基盤に基づき、正恩氏との交渉を仕切り直せる。生存者情報を日本に正確に伝えてくれるなら、日本側も人道支援を含めた新しい提案ができると、正恩氏に投げ掛けることもできよう。
――日朝交渉では互いの信頼関係構築がネックになってきた。
家族会などが全被害者の即時一括帰国を求める気持ちは十分理解できる。北朝鮮が米国と対話する時に主張するのが「行動対行動」、「言葉対言葉」の原則だ。小さな合意を互いに守り合いながら信頼関係を築くしかないのではないか。
(聞き手=ソウル上田勇実、写真も)






