韓国政府内で南北統一、北朝鮮の存在を巡って意見が割れている。南北問題を所管する統一部(省に相当)の鄭東泳(チョンドンヨン)長官(統一相)は9月、朝鮮半島には事実上二つの国家が存在すると発言して物議を醸した。これに対して魏聖洛(ウィソンナク)国家安保室長は即座に否定し、「韓国政府は北朝鮮を国家として認めていない」と反論している。
南北統一問題は韓国政府にとって民族の基本問題である。それについて政府内で対立するというのは深刻な事態のはずだが、最近まで駐大阪大韓民国総領事を務めていた元世宗研究所日本研究センター長の陳昌洙(チンチャンス)氏は「(政府は2人の意見の相違を)そっとしている」と説明した。李在明大統領にとって、当時は対米関税問題、中朝露の同盟強化による脅威の増大など懸案が山積みで、それどころではないということだ。
だが、北朝鮮を独立した国家として認めるということは韓国憲法の規定に明確に違反している。主要閣僚、それも統一問題を扱う統一相が「違憲」発言を堂々と展開する状況は政府内分裂を露呈させるもので、看過できる問題ではない。
月刊朝鮮(11月号)が「『永久分断』議論、鄭東泳の危険な『南北2国論』」を載せている。鄭長官の主張は「危険だ」という判断である。取りあえず鄭氏の考えを見てみると「南北は事実上の二つの国家であり、国際法上、2国の関係と見ることができる」というのが1点。続けて2点目として「これは永久的な分断を意味するものではなく、現実的で柔軟な関係観を意味する」としている。さらに、世論調査で韓国民の半数以上が「北朝鮮を国家として認めている」を付け加えている。
鄭東泳氏といえば、南北融和を進める代表的な政治家である。MBCのニュースキャスターを経て、金大中氏の下で政界に入った。盧武鉉(ノムヒョン)政権時に統一相として北朝鮮を訪問し金正日総書記(当時)とも面談している(2005年6月)。
その北朝鮮に融和的な鄭氏がこの時期に2国家論をぶち上げた理由は何だろうか。まず前提として、北も南も朝鮮半島の「統一」は「民族の悲願」であったはずだ。あったはずというのは北朝鮮が23年暮れから翌年の初めにかけて南北統一を取り下げて、「南北は敵対する二つの国家」「主な敵国である」と主張を転換していた。当時韓国は保守系の尹錫悦政権で南北対話は途切れたまま、膠着(こうちゃく)状態だった。
北朝鮮の路線転換は、それまで南北統一を叫んでいた韓国左派にとって青天の霹靂(へきれき)で、北朝鮮が対話や交流を拒否し、むしろ韓国は戦争で倒すべき敵国であると認識を変えたことによって、韓国左派ははしごを外された状態だったと、常識的には見ることができる。
だが、これに即呼応した韓国左派もいた。文在寅政権で大統領秘書室長を務めた任鍾皙(イムジョンソク)氏である。当時「統一は必須だという執着は捨てるべきだ」と発言している。任氏は1980年代末、全国大学生代表者協議会(全大協)議長を務めた“筋金入り”の左派運動家出身である。
そうしているうちに今年4月政権交代し左派政権が立つと、韓国左派は北朝鮮の主張に合わせてくる。それが鄭氏の主張というわけだ。韓国憲法では北部分も含めた朝鮮半島全体を「国土」と定め、北朝鮮政府は「不法に占拠している集団」という認識だ。2国論はこれを根底からひっくり返す。
もし北朝鮮を「外国」だと規定するとどうなるか。同誌は「大韓民国が『外国』である日本や中国と統一する必要がないように、北朝鮮が『国』として認められれば、われわれがその『外国』と統一する理由はない」ことになるし、北朝鮮は「『一個の合法主権国家』に格上げされ、大韓民国の統一政策は直ちに憲法上の根拠を喪失」して「統一はもはや『憲法上の課題』ではなく『外交的選択肢』」ということになると説いている。
さすがの李在明左派政権でも、憲法から変えていかなければならない2国論を認めるわけにはいかないだろう。ただ、強烈な左派基盤の一端に乗っかっている李政権としては、この問題が深掘りされることは避けたいところ。保守系メディアからの追及があろうと、「そっとしておく」(陳氏)しかないのが現状といったところだ。





