【ポイント解説】最も苦手だった多様性
以前、韓国の言論人が「韓国と日本の違いは李朝時代と江戸時代の違いだ」と語ったことがある。幕藩体制の江戸時代は地方ごとに違う文化や産物があり自主性、多様性が育まれたが、中央集権の朝鮮は大げさに言えば全土一色で地域の特徴に乏しかったという。そのため韓国は多様性に馴染(なじ)まない社会、言い換えれば同一性に縛られ、なんでも都(ソウル)に倣う社会だったようだ。
BTSが誕生して世界を席巻し、韓国人は「自尊心を満足させた」。それは世界がK-POP一色に染まっていると理解し、まるで世界が文化において韓国にひれ伏していると想像した人が多かったのではないだろうか。
BTSの活躍は「アーミー」と呼ばれる国境を超えた熱烈なファンたちの応援があったからこそ可能だった。韓国政府が公費を投入して売り出したからでもなく、韓国文化が世界一優越しているからでもない。
文化とは、本来民間の自発的で自由な活動が自然と評価されていくものだが、韓国は往々にして「国策」として民間の文化活動にまで首を突っ込んでくる。例えば日本にはかつて東京のアパート(トキワ荘)に集まった手塚治虫、藤子不二雄、つのだじろう、石ノ森章太郎、赤塚不二夫各氏などといった漫画家たちから始まった漫画・アニメの伝統がある。全く勝手に始まったものだが、これをみて、韓国は公的資金を投入して漫画家、アニメーターを養成するとして大学まで造ったりするが、そういうお仕着せがうまくいくわけがない。
RM氏が示した多様性と包容は韓国が新しい方向に目を向けだしたことを感じさせる。(岩崎 哲)






