
韓国で中国や中国人の名誉を毀損(きそん)したり、侮辱した場合、懲役刑を科せる刑法改正案が与党から発議され、物議を醸している。国内の一部保守派による極端な反中的言動に李在明大統領が懸念を表明したことが発端とみられるが、表現の自由を抑圧する危険な発想だとして反発の声が上がっている。(ソウル上田勇実)
改正案を代表発議した与党「共に民主党」の楊富男議員らは、発議の理由について先月3日にソウル市内で行われた「嫌中集会」を一例に挙げた。
参加者が「アカ(共産主義者)は韓国から早く消えろ」などという歌詞を含む歌を口ずさんで「悪口と卑俗語を乱発」したことや、今年9月に国家情報資源管理院で起きた火災や国政選挙に「中国人が介入」したなどの「虚偽事実を流布」して、「特定国家と特定国民に対する侮辱と名誉毀損に没頭してきた」ことを問題視した。
改正案は、「特定集団に対する名誉毀損」について「公然と虚偽の事実を摘示し、特定国家、特定国家の国民、特定人種の名誉を毀損した者は5年以下の懲役、10年以下の資格停止または1000万ウォン(約105万円)の罰金」を、また「特定集団に対する侮辱」については「公然と特定国家、特定国家の国民、特定人種を侮辱した者は1年以下の懲役か禁固または200万ウォン(約21万円)の罰金」をそれぞれ科すとしている。
韓国では李政権発足後も尹錫悦前大統領を支持し、“極右”と批判される学生グループらによる反中デモが繰り返し行われてきた。もともと中国の覇権主義などに反発する若者を中心に国内では反中感情が広がっていたが、学生グループは明洞などの観光地を訪れる中国人観光客に罵声(ばせい)を浴びせるなど、過激な行動にも及んでいた。
これを問題視したのが中国と李政権だ。
韓国内の反中デモについて中国国営の環球時報は9月29日付社説で、同日に始まった中国人団体観光客に対する韓国ノービザ入国の一時実施について、これが定着するには「韓国が中国人観光客の安全を保障する措置を取らなければならない」とし、韓国内の反中デモに言及した。
そしてその直後、親中派と言われる李大統領が「観光客を増やすべきなのに特定国(中国)の観光客を侮辱する集会を行って大暴れし、追い出して関係を悪化させようとしている」などと批判した。
今回の改正案は中国と李氏に忖度(そんたく)するかのごときタイミングで出されたわけだが、代表発議した楊議員は長年検事を務めた人物。「気に入らないことがあれば刑法で取り締まるという発想が強い」(元韓国政府関係者)とみられる。
改正法は、被害者が加害者処罰を望まなければ罰せられない「反意思不罰罪」や公訴には被害者などによる告訴を前提とする「親告罪」の原則を適用しないとしている。中国が黙っていても韓国警察が代わって取り締まりを行えてしまうという代物だ。
保守系の最大野党「国民の力」は、「反米デモには後ろ手を組んで見物している政府・与党が、中国を批判するという理由で5年以下の懲役刑で処罰するというのは、国民の口にくつわをくわえさせようという意図がある」(報道官論評)などと批判している。
韓国で中国共産党の横暴を批判する活動をしている市民団体「チャイナ・アウト」の韓民鎬代表は「中国人観光客に対し敵意をむき出しにする行為はやり過ぎだが、独裁と覇権を続ける中国共産党には断固反対すべきだ。今回の改正案は中国批判を一切させない、思想の自由、表現の自由を抑圧する反憲法的発想」と指摘した。
法案が成立すれば反対世論が高まるのは必至。世論に敏感な李政権の意向を無視してまで国会多数派の与党が法案成立を強行するかは疑問だが、この種の法案が堂々と発議され、その気になればいつでも成立させられるところに今の韓国の危うさがある。





