【ポイント解説】ノーベル賞病
毎年10月になりノーベル賞発表時期になると、作家村上春樹氏の文学賞受賞を心待ちにするハルキスト(村上氏のファン)が神戸市内のイタリアンレストラン「ピノッキオ」に集まり受賞の知らせを待つ。この光景はもう風物詩といってもいい。
ハルキストがどれくらいいるかは分からないが、限られた人数だろう。同じことが韓国では大げさに言えば国を挙げて起こっている。昨年は作家韓江氏が文学賞を取り歓喜に沸いたが、下げた留飲はわずかだった。韓国人が欲しているのは科学分野で、「科学分野こそノーベル賞だ」と思っているからだ。
そしてメディアでは「なぜ韓国は取れないのか」が論じられる。隣国日本では30人から受賞しているというのに。結論は分かっている。基礎科学への投資が始まって間もなく成果を得るには未熟だということ、短期成果要求型の社会構造と国民性、地味な研究を長期間行う忍耐力の不足、等々。長期の平和で安定した時代がなかった歴史的背景もあろう。しかし政府が国費を使って「養成」しようというのも違う。日本でも金は出しているが、実際には研究費確保で苦労する学者は多い。その中で“勝手に”コツコツと続けてきた研究が評価される。意図的なノーベル賞狙いでは「人類に役立つ基礎研究」はできない。
根っこにはやはり何事も「パリパリ(早く早く)」というせっかちな性格がある。それでは長期間、何の役に立つか分からない研究をし続ける風土と人間はつくられない。ノーベル賞を取るにはまず平和が必要なのだ。(岩崎 哲)







