戦後80年を迎えて、メディアではさまざまな特集が組まれている中で、論壇の一角ではもはや「戦後」を冠して時代を論じるのはどうなのかとの主張も出てきている。作家の保坂正康氏だ。「加害者・被害者論理に基づいた“戦後”という単語を終始一貫、永遠に使わねばならない時期は過ぎた」というものだ。
これは10年前、戦後70年を機に発表された故安倍晋三元首相の談話、「戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と脈絡を一にする。
当時その言葉は中国や韓国から強い反発を受けた。戦後70年という時の経過が歴史を消すには短い、というよりも、戦争加害者として日本を攻撃する心理的単語として「戦後」はいつまでも残したい、という彼らのポピュリズムからだった。
この日本の変化を敏感に感じ取っているのが日本通の在米韓国人劉(ユ)敏鎬(ミノ)氏である。月刊朝鮮(8月号)「戦後80年日本の“空気”と韓米日関係『もはや戦後ではない』」の記事で述べている。劉氏は韓国の延世大卒業後、松下政経塾(15期)で学び、米選挙コンサルタントのアジア担当を経て、朝鮮日報や週刊朝鮮に寄稿、現在米ワシントンのエネルギーコンサルティング「パシフィック21」のディレクターを務めている。
劉氏が1年ぶりに参院選前の東京を訪れて感じた空気が「もはや戦後ではない」だった。この言葉は昭和31年経済白書で使われたもので、戦後の混乱、復興を経て日本社会が落ち着きを取り戻したことを評したものだった。
もちろん劉氏が言うのはこのことではない。冒頭で保坂氏の言葉を引用したが「戦後」で起算する時代が終わりを告げているということだ。それだけはなく「戦争の記憶は既に“有効期間終了”時代に入っている」とまで述べた。言い換えれば「日本を攻撃する心理的単語としての『戦後』」はもう通用しないと韓国に言い含めているようである。
この日本の空気を劉氏は「意識の解放」だと分析した。「戦争を起こした戦犯国家日本、アジアに被害を与えた加害者日本人、戦死者300万人に達する戦争被害者、人類最初の原爆投下対象になった日本列島…。こういう記憶は全部川の水に流して送ろうという“意識の変化”を要求する言葉がまさに『もはや戦後ではない』だ」と述べる。
80年という時の経過と激変激動する国際環境だけでなく、「今上天皇徳仁は1960年生まれ。日本がいくら超長寿国だといっても人口の70%が1945年以降の生まれ」となった日本に「戦争の記憶」がどれだけ実感を伴って共有共感されているのかということだ。
劉氏は別の角度から日本の変化を読み取る。「トランプ2・0」と「李在明韓国新大統領への評価保留」である。
極端にまとめると「簡単に言って、米国がトランプが関心を持たない国は“地球外の惑星”にすぎない扱いを受けることになるのが現実だ」として、米韓首脳会議の日程すらも決まっていない李大統領に対する評価を日本は決めかねている。だから日本に向けた李大統領の“ラブコール”じみた発言も彼の「過去の発言や行動」から、真意を測りかねているのだと。バロメーターは米韓首脳会談の可否にある。トランプ大統領がどう評価するかがはっきりしなければ、日本の李大統領評価も定まらないということだ。
それに“意識の解放”が進みつつある「現在の日本に慰安婦・徴用工など過去の問題に対する再議論を受け入れる雰囲気はない」。その一方で、経済面で言えば短期債務の借入先の40%は日本からで「一部でも致命的になり得る」規模だ。「韓国外交で日本が一層重視されるほかないのもこのため」なのだ。
最後に日本が「もはや戦後ではないという考えを軍事的に実践すれば、韓国の対応策はどうなるか」と問い掛けている。李政権は冷静に「実用主義」で対応するのかどうか。






