
韓国の尹錫悦大統領に対する弾劾可否を判断する憲法裁判所の判決が遅れている。当初は「拙速」と批判されるほどのスピード審理だったが、なぜかここに来て判決日の発表さえしないまま、ついに結審から1カ月以上が経過するという異例の事態。いったい何が起きているのだろうか。(ソウル上田勇実)
弾劾可否を巡っては、一部保守派の間でも「弾劾やむなし」の声が出ていた。非常戒厳を宣言し、軍隊を動員したという極端な手段に対する国民の戸惑いは大きく、仮に弾劾が棄却され尹氏が職務に復帰したとしても、その後に予想される混乱に政権が持ちこたえられないだろうという見方が支配的だったためだ。
憲法裁の審理も「弾劾認容ありき」のごとく、手続きや法解釈などの面でバランス感覚を欠き、ゴリ押しの印象を与えていたため、朴槿恵大統領弾劾の時のように全判事一致で弾劾を認めるだろうという観測が多かった。
ところが、憲法裁がいつまでたっても判決を下さず、さまざまな臆測が飛び交い始めた。判決が遅れている理由について最も多く指摘されているのが、現在8人いる判事のうち保守・中道保守とされる3人が“反旗”を翻し、「弾劾認容」に同意しない姿勢を崩さないためではないかというものだ。
尹氏弾劾には判事6人の賛成が必要だが、3人が“反旗”を翻した場合、弾劾は棄却される。そのため3人を説得するために時間がかかっているのではないか――というわけだ。
先週、尹氏の弾劾裁判に先駆け、韓悳洙首相に対する弾劾裁判の判決が言い渡され、棄却された。その際、この3人は他の判事と異なる見解を披歴したことが明らかになった。
そのうち2人は、そもそも韓氏を巡る国会の弾劾訴追案可決は「在籍議員の3分の2以上の賛成」という条件を満たしていなかったとして、弾劾審判請求を「違法」とし、弾劾を「却下」した。また残りの1人も、欠員になっている憲法裁判事1人について左派系判事の任命を拒否したことは「違憲ではない」とする意見を述べ、他の判事の「違憲」判断とは一線を画した。
弾劾反対を主張する保守陣営は、この3人が尹氏弾劾裁判でも最後まで自身の法解釈と良心に忠実であることを期待しているようだ。
一方、弾劾賛成の左派陣営は判決が遅れていることにしびれを切らしている。
先週、公職選挙法違反容疑の控訴審判決で大方の予想を覆す逆転無罪となり、次期大統領選出馬への大きな障害が一つ取り除かれた最大野党・共に民主党の李在明代表は、弾劾判決の遅れについて「何がそんなに難しいのか到底理解できない」と不満を吐露した。同党の崔基相議員も、所長代行ら左派系判事2人が退任する今月18日までに判決を下さなければ「憲法裁そのものをなくすべきだ」と主張した。
左派系日刊紙ハンギョレ新聞は社説で「いつまで弾劾宣告を延ばすのかという大勢の叫びが極限に達している。(中略)早く大統領尹錫悦の罷免を宣告しなければならない」と訴えた。
とかく世論や与野党など周囲の顔色をうかがいがちな韓国司法全体の在り方を問題視する向きもある。保守系日刊紙の朝鮮日報は「今のように裁判の対象、判事の(政治的)性向、裁判所によって判決が正反対になるのなら、それは裁判ではなく賭博」と指摘した。
弾劾裁判の結審から1カ月余りの間に、内乱首謀の容疑で拘束された尹氏の釈放、韓首相をはじめ政府要人らに対する相次ぐ弾劾棄却、李氏の控訴審無罪など関連する動きが続いた。憲法裁としてはこれ以上何かを見極める必要はなくなったとも言える。ただ、判決日は判事2人の退任後になるとの見方も浮上し、混乱は続きそうだ。