
韓国の尹錫悦大統領に対する憲法裁判所の弾劾判決が早ければ今月末にも出るとの見方が広がる中、尹氏弾劾を想定して次期大統領選挙に向けた動きも活発化している。保守系の与党と革新系の最大野党に対する支持率は拮抗(きっこう)しており、混戦も予想される。(ソウル上田勇実)
昨年末の尹氏による戒厳令で、最大野党・共に民主党は「棚からぼた餅」式に政権交代のチャンスが転がり込んだが、その後、大統領代行に対する弾劾や畳み掛けるような「速度戦」(韓国メディア)で尹氏を追い詰める捜査当局や司法当局との癒着疑惑まで浮上し、支持率下落を招いている。
一方の与党・国民の力は、「愛国右派」と呼ばれる高齢保守派が尹氏擁護で結集し、一部20代男性の支持も受けて盛り返している。野党から「極右ユーチューバー」と揶揄(やゆ)される尹氏の熱烈支持者の影響もあってか、8年前の朴槿恵大統領弾劾で保守派が壊滅的打撃を受けた時とは様子が違う。
戒厳令直後の共に民主党は、圧倒的支持率を維持する李在明代表の「1強」で大統領選に突入するシナリオだったとみられるが、尹氏を巡る騒動の舞台が司法に移ったことで、今度は逆に市長・知事時代の李氏を巡る各種訴訟の判決に関心が集まっている。特に大統領選前に有罪判決が出るなど「司法リスク」が意識され、李氏敬遠の動きも出始めている。
直近の各種世論調査で「政権交代賛成」は当初より下がり40~50%台、しかも李氏の支持率はそれに及ばない30%台にとどまっている。浮動票を中心に「政権交代すべきだが李氏は嫌」という世論が増えているようだ。
この状況を受け、同党からポスト李氏として非主流派の金東兌・京畿道知事や金富謙・元首相、金慶洙・元慶尚南道知事のいわゆる「民主党3金」が取り沙汰されている。
金知事はすでに「選挙対策本部のように道政スタッフを布陣している」(政治評論家)とされ、金元首相は国政関連の発言がメディアに取り上げられるようになった。文在寅前大統領の側近だった金元知事は、滞在先の米国から急遽(きゅうきょ)帰国した。
与党は盛り返しつつある支持率に期待を膨らませている。一時は20%台まで落ち込んだが、共に民主党と拮抗するようになった。「尹氏弾劾ありき」を牽制(けんせい)しつつ、水面下では候補擁立に向けた駆け引きが始まっている。
韓国メディアが注目する与党候補は、呉世勲ソウル市長、洪準杓・大邱市長、金文洙・労働相、韓東勲・前党代表など。また台風の目として保守系野党・改革新党の李俊錫議員にも関心が集まりつつある。
候補同士による1対1の仮想対決では与党候補の善戦が予想される結果も出ている。大手紙・中央日報が韓国ギャラップに依頼し、先月23、24日に実施した世論調査によると、李在明氏との対決で呉氏は「46%(李)対43%(呉)」、洪氏も「45%(李)対42%(洪)」などいずれも接戦だ。
このため与党候補たちの動きは慌ただしい。党内からは「対戦相手はアンチも多い李氏の方がいい」という声も出ており、仮に李氏に不利な判決が大統領選の直前に出た場合、形勢が与党有利に一挙に傾くことも考えられる。
韓国が政治的混乱に陥っている間、米国ではトランプ政権2期目がスタート。トランプ氏は、派兵でロシアとさらに緊密な関係を築く北朝鮮の金正恩総書記との首脳会談に意欲的だとされる。韓国にとって核・ミサイルを温存する北朝鮮の脅威が一層高まる恐れがある。
仮に尹氏弾劾で次期大統領選となれば、新たなリーダーは韓国が北朝鮮や中国の脅威に対抗する日米とどのような関係を築くのか問われることになる。ある安保の専門家は「有権者は国内政治に目が奪われ、安保意識をどれだけ持てるか心もとない」と述べた。