【ポイント解説】弾劾審理だけに集中すべき
今の韓国を外から眺めれば、権力の不在、法律をねじ曲げ無視した政治闘争、国民生活そっちのけの権力闘争、にしか見えない。
野党共に民主党が攻撃の手を緩めないのは、李在明代表の公職選挙法違反事件の2審判決が来月に迫っているからだ。ここで有罪となればアウトになる。それまでに尹錫悦大統領を辞任に追い込み、大統領選挙実施に向けて動きだしたいのが彼らの思惑である。
韓国民の誰もがこの一連の騒動がこうした「李在明防弾」から始まっていることには気付いている。巨大野党が予算も通さず、自身を捜査する検察まで弾劾するような無理筋を押し通そうとしている状況で、尹大統領が戒厳という最後の手段を使うまでに追い詰められたことにも、ある程度、理解を示す。
しかし、民主国家で軍事政権時代を彷彿(ほうふつ)させる戒厳令という手段は、いくら事情を理解した上でも「許し難い暴挙」だと映る。保守紙をしても、この極端な選択には強い反発を示す。
この状況を護(まも)り切り、法律によって事態を収拾できるのは憲法裁判所だけだ、というのが記事の趣旨であり、裁判官は国民が心配するような政治的判断はしないから大丈夫だとの主張だ。だがそうだろうか。裁判官は十分に政治的立場性を押し出している。多様な意見があることは当然だが、憲法守護の大原則を外れて、自身の党派性を反映させないという保証はない。
ただし、編集人が最後の砦(とりで)として、それでも憲法裁を挙げるのには理由がある。今や「憲法を守る人が誰一人いない」状況で、信を置かざるを得ないのは憲法裁だけだからだ。内乱罪による逮捕など各捜査当局の“手柄競争”はいったん止めて、今は弾劾審理だけに集中すべきだろう。(岩崎 哲)






