韓国の尹錫悦大統領による「非常戒厳」宣言から1カ月が過ぎた。この間、尹氏に対する弾劾訴追や内乱容疑の捜査など尹氏追い打ちが驚くほどの速さで進められているが、公平性に欠く司法当局の方針や尹氏批判に転じた一部保守系メディアの論調には不自然さも拭えない。朴槿恵元大統領が弾劾・罷免された8年前の“魔女狩り”を見る思いだと漏らす識者もいる。(ソウル上田勇実)
「8年前に国政介入疑惑で一挙に弾劾・罷免に追い込まれていった朴槿恵大統領に対する一種の魔女狩りが今繰り返されている」
尹氏に対する弾劾訴追や捜査について、韓国のある識者はこう述べた。
朴氏の場合、長年の親友による国政介入を見逃したことに端を発したが、特に国外では「弾劾・罷免されるほどの大罪とは思えない」という声も少なくなかった。
しかし、左派が主導してソウル中心街で連日行われた「ろうそく集会」を原動力のようにしながら反朴世論を広げ、最終的に左派の文在寅政権誕生につながった。
今回は尹氏が「衝動的な狂気」(元韓国政府高官)から戒厳令を宣布し、国会や選挙管理委員会に軍隊を投入したり、国会議員の逮捕を命じるなど強権的なやり方で野党の横暴を国民に訴えるなど「手段は最悪」(保守派の論客)だったとはいえ、動機には共感できる内容も少なくない。
しかし、その点はほとんどクローズアップされることなく「妄想」扱いされ、あらかじめ尹氏弾劾を準備していた最大野党・共に民主党や左派系市民団体のお膳立てに多くの国民も乗せられた。そして今回も目標は李在明・同党代表の大統領選勝利だ。
弾劾や捜査がとんとん拍子で進むのは、自身の各種疑惑を巡る判決確定が出る前に尹氏を弾劾・罷免、あるいは内乱容疑で有罪判決を引き出し、大統領選出馬ができなくなる事態を避けたい李氏の意向が反映されたためとの見方が支配的だ。
「李氏の意向」が端的に表れた例としては、尹氏の職務停止で大統領権限代行となった韓悳洙首相が、尹氏弾劾の審理に影響を与える憲法裁判所判事の欠員補充に慎重な姿勢を示したことを理由に、共に民主党所属の国会議長の独断で事実上与党抜きに韓氏弾劾訴追案を可決させてしまったことが挙げられる。
“魔女狩り”を連想させるのは、特に司法とメディアの反尹的な姿勢だ。
尹氏の弾劾訴追が決まると、高位公職者犯罪処罰庁(公捜庁)、検察、警察など捜査当局は先を争って尹氏の「犯罪容疑」を捜査し始めた。内乱罪の適用は当初、法律的解釈が分かれるとの見方が多かったが、いつのまにか「内乱首謀者として起訴」ありきで動きだした。3捜査機関は「尹氏弾劾後の次期政権が共に民主党になるとみて、政権交代に貢献しようと先を争って捜査に乗り出した」(元検察幹部)ようだ。
公捜庁を中心とする3機関合同捜査本部は、尹氏の「拘束令状」を関連法に基づくソウル中央地裁ではなく、わざわざ左派系弁護士団体出身の判事がいるソウル西部地裁に請求。難なく令状が下りた。「手続きの破壊であり、民主主義の破壊」(判事出身の与党議員)との指摘が上がっている。
保守系メディアの論調からも尹氏擁護は影を潜め始めた。例えば東亜日報は2日付社説で「検察総長時代は権力者であれ誰であれ右顧左眄(うこさべん)せず法執行せよと言いながら、今は現職大統領であることを盾に捜査当局の出頭要請に一切応じず、令状の効力も否定するとはあきれる」と指摘した。この社説にある読者は「これが東亜日報の記事とは信じがたい。共に民主党の扇動に付和雷同する国民、保守系メディアは実に情けない」と書き込みしている。
韓国メディアの内情に詳しい関係者らは「経営陣は権力を握りそうな側の味方につき、反対勢力を攻撃する」「論説委員たちの世代交代で論調が昔と異なってきた」などと述べた。