Home国際朝鮮半島体制不安、守りの戦術 北の露派兵 外貨逼迫の混乱回避か

体制不安、守りの戦術 北の露派兵 外貨逼迫の混乱回避か

「韓流の海に溺れる」危機感

北 朝 鮮 の 金 正 恩 朝 鮮 労 働 党 総 書 記 ( 左 ) と ロ シ ア の プ ー チ ン 大 統 領 2 0 2 3 年 9 月 13 日 、 ロ シ ア 極 東 ア ム ー ル 州 ( 朝 鮮 中 央 通 信 配 信 )( A F P 時 事 )
世界を驚かせた北朝鮮のロシア派兵。金正恩総書記はなぜこのタイミングで派兵に踏み切ったのか。ロシアとの軍事協力を通じ何を得ようとしているのか。北朝鮮情勢に詳しい日韓の元政府関係者らの話から徐々にその実態が浮かび上がってきた。(ソウル上田勇実)

ロシア派兵を決断した金総書記の思惑について、ある元韓国政府高官はこう述べた。

「正恩氏が今一番欲しいのは外貨で、最も手っ取り早い方法は国民受けの悪い動員令を出さずとも兵士を補充したいロシアへの派兵。ロシア兵と同等の給与・ボーナスをもらえるなら北朝鮮にとっては大金で、食糧、エネルギー、ミサイル部品などの軍需品が買える。正恩氏がこのチャンスを逃すはずはない」

複数の韓国市民団体によると、北朝鮮国内の為替レートは今年前半1㌦=8000ウォン台で推移したが、その後ドルが急騰して9月以降は1㌦=16000ウォン台となった。理由は明らかではないが、急激に外貨が不足したのは間違いない。

そしてこの外貨不足に正恩氏が迅速に対応したのは、極度の体制不安に苛まれる中、これ以上の混乱は避けたかったためとみられる。

昨年末以降、正恩氏は韓国を「第一の敵国」と見なし、朝鮮半島統一の放棄を宣言した。その後、南北をつなぐ道路と鉄道の境界線近くに地雷原を造り、爆破した。休戦ラインにはコンクリート壁を築き、中国との国境にも鉄条網を敷設した。

こうした外部世界との遮断について前出の元高官は「われわれは一人静かに暮らすので、放っておいてくれという金正恩氏の本音が隠されている」と指摘する。

実際、正恩氏はロシア派兵直前の先月8日、金正恩国防総合大学で演説し、「賢明な政治家なら無謀に血気盛んになるのではなく、核国家との対決・対立より軍事的衝突が起きないよう状況管理に力を注ぐべき」だとした上で、韓国に対し「正直、韓国を攻撃する意思は全くない」と述べた。陸軍士官学校の役割を果たす同校の学生たちは士気を高めるどころか、逆に守勢に徹するよう促されたのだ。

正恩氏が守勢に追い込まれた最大の原因は、近年津波のごとく押し寄せる韓流だ。北朝鮮は2020年に反動思想文化排撃法を作り、韓国のドラマや映画、歌などを視聴した住民への取り締まりを強化。摘発された若者を公開処刑するケースが増えている。

昨年5月、北朝鮮南西部から漁船に乗って韓国に亡命したある30代の脱北男性は、本紙の取材に「韓国ドラマを見て韓国の経済力や民主的思考に衝撃を受け、自分の国は住民に真実を隠していると考えるようになり、北朝鮮が正常な国ではないと感じ始めた」と語った。

結局、正恩氏は「反動思想文化(韓国などの西側文化)のウイルスがこのまま浸透し続け、住民が韓流の海に溺れたら、われわれの体制は崩壊するしかないと判断した」(元高官)ようだ。

そうだとすれば、ロシア派兵は体制不安で窮地に追い込まれている正恩氏が、外貨不足という新たな問題に過敏に反応し、突破口を見いだすため軍人の犠牲を覚悟の上で急ぎ断行した守りの戦術だったと言える。

ロシアのプーチン大統領は「すでに大量に提供された砲弾や今回の派兵など実質的な軍事支援をし続ける金正恩氏に負債感を抱き、今後北朝鮮側からの要請を断りづらくなる」(元韓国国防研究院関係者)とみられる。正恩氏が派兵の見返りにロシアから最も導入したいのは「米軍や米韓連合軍の動きをリアルタイムで独自に監視できる守り固めの偵察衛星技術」(元高官)とみられている。

北朝鮮は10月31日、ICBM(大陸間弾道ミサイル)級の弾道ミサイルを発射し、日本海に着弾させたが、米大統領選を意識した交渉戦術の一環であり、反撃は想定しても先制攻撃の手段ではないとみられる。

「朝鮮労働党のエリート集団が、負けず嫌いで攻撃型の正恩氏がオフェンス(核・ミサイル)に夢中になる間にディフェンス(国内引き締め)が疎(おろそ)かになったのを見て、このままでは試合(体制維持)に負けてしまうと進言した」(元日本政府関係者)というのが、今の実情なのかもしれない。

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