北朝鮮がウクライナに侵攻するロシアを支援するため、1万人規模の兵力を派遣したと報じられている。その狙いや影響について、ソウル在住の北朝鮮専門家、ダニエル・ピンクストン米トロイ大学講師に聞いた。(聞き手=本紙主幹・早川俊行)
――北朝鮮とロシアが軍事協力を強化する目的は。
地政学的な動機がある。中国、ロシア、イラン、北朝鮮の4カ国は、頭文字を取って「CRINK(クリンク)」と呼ばれるが、彼らは現在の米国主導の国際秩序に不満を抱き、その修正・変更を試みている。ロシアと北朝鮮の共通の関心は、北大西洋条約機構(NATO)や日米韓などの安全保障協力枠組みを弱体化させることだ。
――ロシアが北朝鮮に派兵を求めたのは、人員が不足しているからか。
ロシアにとって人員の問題は極めて深刻だ。プーチン露大統領とその側近たちは誤算を犯した。彼らはウクライナを短期間で落とせると考えたが、戦争は2年半以上になり、甚大な損害が生じている。
極東などの少数民族から兵士をかき集めているが、モスクワやサンクトペテルブルクからは徴兵したくない。地元住民に戦略的失敗が明らかになってしまうからだ。プーチン氏にとって、戦争のコストが表面化するのを避けるために、誰でもいいから外部から人員を集めることが必要なのだ。
――北朝鮮にとって派兵のメリットは。
何らかの軍事作戦を実行することで、作戦継続や兵站(へいたん)(ロジスティクス)について学ぶことができる。また北朝鮮はロシアに弾薬や大砲、弾道ミサイルを提供しており、自分たちの兵器システムが戦時下でどのように機能するか、正確な情報を得ることができる。
ウクライナ戦争ではドローン戦や電子戦、ターゲティングなど開発途上の技術や戦術、作戦が用いられており、世界中が学習しているところだ。北朝鮮はこれを観察し、またロシアから支援やデータを得て自軍に統合しようとしている。特にロシアは、インターネットサービスやドローンのデータリンクを妨害する電子戦に非常に長けている。
一方、北朝鮮は慢性的な経済問題を抱え、食糧・燃料不足に悩まされている。兵士派遣の見返りにロシアから石油や穀物の提供も受けることができる。
――北朝鮮兵はどのような任務に当たるか。
詳細が分からず推測するしかないが、前線に行かなくとも、北朝鮮兵が後方地域で兵站や物資の供給、基地の警備などの支援を提供すれば、ロシア軍はリソースに余裕が生まれ、前線で戦うことが可能になる。
もし北朝鮮兵が前線に出て戦うことになれば、大きな危険が伴う。だが、兵士に死傷者が出ても北朝鮮には政治的コストは生じない。日本や米国であれば、海外に派遣された兵士が殺された場合、国民が憤り、政治的圧力が生まれる。しかし、北朝鮮社会では誰も反発したり文句を言ったりできない。
北朝鮮の兵役は10~12年で、何年も家族と連絡が取れない。たとえ死んでも何年も分からないということが珍しくない。だから、ウクライナで死傷者が出ても、その情報を隠すことができる。
露朝軍、腐敗で連携に限界も
――北朝鮮の派兵はウクライナの戦況に影響を与えるか。
その可能性はあるが、限界や困難もある。ロシア軍は人員や装備で劣るウクライナ軍に苦戦し、訓練が貧弱な腐敗した組織であることを露呈した。北朝鮮軍はもっとひどいと思われる。彼らが共に戦い、統合作戦を実行できるかは疑問だ。ロシア人部隊に北朝鮮人を混ぜてもコミュニケーションなどさまざまな問題が生じる。
北朝鮮の派兵の脅威を過小評価するつもりはない。だが、彼らが実際に何ができるのか、現実的に評価しなければならない。
――北朝鮮軍がウクライナで実戦経験を積むことで、将来的に日本や韓国の脅威になる可能性は。
あるかもしれない。だが、北朝鮮軍は多くの脆弱(ぜいじゃく)性を抱えている。軍事クーデターを防ぐために、極めて政治的、階層的な構造になっている。
ウクライナで戦争が始まった時、捕虜になったロシア兵はウクライナにいることさえ知らなかったと言っていた。ロシア兵はベラルーシで軍事演習をしていたが、ウクライナに侵攻することを知らされていなかったのだ。
軍事クーデターを防ぐため、兵士にはすべての情報を提供しない。これが権威主義国家の軍事体制だ。このような体制では、実際の戦闘になれば、多くの混乱が生じる。北朝鮮軍にはこのような脆弱性や問題がいくつもある。
北朝鮮の核兵器やミサイルは、日本や韓国にとって極めて深刻な脅威だ。ただ、われわれは彼らの強みや脅威とともに、弱点や脆弱性を明確に評価し、それを利用する準備をしておかなければならない。
――北朝鮮はロシアから派兵一人当たりいくらという金銭的見返りを得ているとの報道もあるが。
詳細は分からないが、北朝鮮が無償でやるわけがない。露朝は長期的な価値観やイデオロギーの共有をベースとした関係ではなく、取引ベースの関係だ。何らかの利益があれば、取引を行うというものだ。
冷戦時代、共産主義国家の指導者たちは100%同意していたわけではないが、名目上は世界的なレーニン・マルクス主義革命を掲げていた。だが今はそのようなものはない。
日本や米国、韓国、豪州、英国、カナダ、欧州などの自由主義国家は、文化や歴史、宗教、政治システムは異なるが、民主主義や基本的人権、法の支配、言論の自由などの価値観を共有している。これに対し、中国、ロシア、イラン、北朝鮮のCRINK4カ国は、欧米への反発以外に共有する価値観やイデオロギーはない。