【ポイント解説】権威主義と“ぶらさがり”
尹錫悦大統領が就任後に略式会見「ドアステッピング」を始めた。この時、ある韓国メディア特派員から「日本では何というのか」聞かれたことがあった。「“囲み”あるいは“ぶらさがり”」と言っておいたが、それが採用されたわけではないにしても、その後、韓国メディアでは「ぶらさがり」という日本語がそのまま使われるようになった。
それはさておき、日本の首相はよく取材に応じるが、それに引き換え「コミュニケーションが大事」と言っていた尹大統領は何だ、というのがこの記事の趣旨である。この方式は日本(あるいは他国)の事例を挙げて韓国と比較し、違いを際立たせる韓国メディアの常套(じょうとう)手段である。
韓国ではなぜこのぶらさがりが定着しないのだろうか。政治とメディアの歴史や伝統、大統領府と首相官邸の制度的構造的な違いも影響しているようにみえる。ドアステッピングは直訳すれば「ドアの前に立つ」ことだが、これには権力者へのアクセスがそれほど難しくない、という前提が必要だ。ところが、韓国の大統領はこれまで大統領官邸「青瓦台」の奥にいた。記者室は「春秋館」という別棟にあり、日常的に大統領と記者が交差する動線がもともとなかったのである。それに韓国では大統領の権威が議院内閣制の首相に比べて格段に高い。おいそれと声を掛けるわけにはいかないのだ。
それが、大統領府を龍山の国防部庁舎に移したことで、大統領の出勤途中を記者が「ぶらさがる」機会が生じた。この機を利用して大統領も国民との疎通にしようと思ったのだろう。だが、シナリオのない会見はリスクも伴う。当意即妙の受け答えで政治家の手腕が試される場でもある。だが、尹大統領は政治家経験がなく、いわばそういったやりとりの素人だ。それで行われなくなったと見るのが自然だ。それにもともとぶらさがりは韓国の政治風土には馴染(なじ)まなかったのだろう。(岩崎 哲)