遠のく夢?朝鮮半島統一 準備不足の南 門閉ざす北

韓国北西部の「烏頭山統一展望台」から望遠鏡で北朝鮮 の陸地の様子を見る韓国人夫婦=24日撮影

韓国の尹錫悦大統領が今月15日に北朝鮮との統一構想を明らかにし、統一の行方に再び関心が集まっている。だが、韓国も北朝鮮も国内事情が逆に統一を遠ざけているのが実情。「世界唯一の分断国」と言われて久しいこの半島に「統一の春」は訪れるのだろうか。(ソウル上田勇実、写真も)

「この統一大橋は検問所がある民間人統制区域の入り口で、1998年に財閥・現代の創業者である鄭周永(チョン ジュヨン)会長が牛500頭をトラックに積んで渡り、北朝鮮を訪問したことでも有名です。橋の麓に牛の模型があるのが見えますね」

先週末、韓国観光会社が企画した南北軍事境界線に近い同国北西部を巡るDMZ(非武装地帯)ツアーを引率したガイドは、参加者たちにこう説明した。

北朝鮮の江原道通川(カンウォンド トンチョン)が生まれ故郷の鄭氏は、南北分断で北朝鮮への自由な往来が断たれたいわゆる「失郷民」の一人。父が牛1頭を売って得たカネをくすねて南へ行き、一代で大財閥を築いた。その牛1頭分の「借り」を返すと言って、計1001頭の牛を率いて北朝鮮を訪れたが、生涯強く望んだ統一の日を迎えることなく、この世を去った。

当時、韓国社会はまだ半島統一を願うのは当然というムードだったが、四半世紀以上の時が流れ、国民は「戦争さえ起きなければ統一は望まない」という意識に変わりつつある。

鄭氏訪朝の年から現在まで、韓国は保守派と革新派が3度ずつ政権を握り、6人の大統領がそれぞれの統一構想を発表してきたが、アプローチは保革で正反対だった。

憲法第4条に明記された「自由民主的な基本秩序に即した平和統一」、すなわち北朝鮮の独裁体制崩壊を視野に入れた事実上の吸収統一を目指した保守政権に対し、革新政権は南北融和ムードを演出して金正日総書記や金正恩朝鮮労働党委員長(当時)との首脳会談を実現させ、最初は互いの体制を認め合うことを土台とした統一へ向かおうとした。

さらに問題だったのは、革新政権下で行われた南北首脳会談で国民に「統一が近づいた」という錯覚を与えたことだ。北朝鮮は会談で韓国からの経済支援を取り付ける一方、核・ミサイル開発の時間を稼いだ。韓国内には親北派が活動しやすい環境がつくられ、北朝鮮主導の統一に呼応する動きまで現れた。国民が期待する統一そのものが二つに割れた。

こうした韓国国内の状況について、政府系シンクタンク統一研究院の元トップはこう指摘する。

「金正恩の独裁体制が崩壊して統一の決定的時期が到来したら、北朝鮮軍をどう解体させるか、韓国との各種社会制度の溝をどう埋めるか、北朝鮮からの移住民をどう管理するかなどについてあらゆる準備が整っていなければならないが、政権交代のたびに関連省庁で準備をしてきた人たちが交代させられてしまう。政治が統一準備を妨害している」

一方、今年に入り韓国では、北朝鮮が統一を諦めたのではないかという見方が広がっている。正恩氏は昨年末から今年初めにかけ、韓国を「統一の対象ではない」「別途の敵国」と位置付けたが、ある北朝鮮問題専門家は「赤化(共産化)統一の目的を捨てていないのなら韓国を『わが国の一部』と言うべきで、別の国家と認めたのは赤化統一をほぼ諦めたからだ」と述べた。

今回の尹氏の統一構想は「自由統一」の必要性を北朝鮮住民に実感させ、住民の意識を変えるというのが最大の目玉だが、正恩氏は韓流をはじめ韓国情報の流入が体制の脅威になると判断し、関連法を作って罰則を強化すると共に、韓国への憧れを遮断するため「統一放棄」を明言したとみられている。「それだけ正恩氏が危機意識を抱き、体制維持という防衛の手段として統一の門を閉ざした」(元統一研究院トップ)可能性は大きい。

朝鮮労働党幹部を父に持つある高位脱北者は、今の半島情勢について「南北統一の夢は遠ざかったと見るしかない」(高位脱北者)と語った。

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