韓国の尹錫悦大統領は今月15日の「光復節」(日本統治からの解放記念日)行事で演説し、北朝鮮住民が「自由統一」を渇望するよう誘導するという自身初となる南北統一構想を明らかにした。ただ、国内は「実効性がない」「吸収統一は北朝鮮の反発を招く」などと冷ややか。近年は若者を中心に統一に消極的な人も増え、盛り上がりに欠けそうだ。(ソウル上田勇実)
尹氏の統一構想は、まず韓国国内に自由統一を推進できる価値観と力量をより強く醸成し、北朝鮮住民が自由統一を切実に願うよう変化させ、国際社会と統一に向け連帯するというもの。このうち目を引くのは、金正恩政権に変化を求める代わりに北住民の「実質的変化を引き出す」としているくだりだ。
この点について尹氏は「北朝鮮住民が自由の価値に目覚め」「北朝鮮政権による宣伝・扇動が偽りであることを悟る」よう「多様なルートで外部情報に接することができる情報接近権を拡大する」と述べた。
民間団体による対北ビラ散布や北朝鮮挑発の対抗措置として再開した軍の対北拡声器放送など既存の情報流入手段に加え、今後新たなアプローチをするというわけだ。
北朝鮮の金正恩総書記は韓流など韓国からの情報流入に神経を尖(とが)らせ、取り締まりへ「反動思想文化排撃法」(2020年)や「青年教養保障法」(21年)、「平壌文化語保護法」(23年)を相次いで作った。尹氏の構想はある意味で北の急所を突くものといえる。
だが、こうした構想が実を結ぶには長い年月が必要。韓国のように保革対立が激しく、政権交代のたびに統一政策が180度変わるのでは、一貫した取り組みは難しい。「統一は大当たりする」と言って注目を集めた朴槿恵政権の韓国中心統一論も、次に発足した文在寅政権の融和政策で「埃(ほこり)のように消え去った」(韓国メディア)のが典型的な例だ。
韓国国内では、尹氏の統一構想を歓迎するムードが広がっているとは言い難い。与党「国民の力」は構想を評価する談話を出したが、票にならない統一問題に本腰を入れるか疑問。保守系大手紙・東亜日報は社説で「韓国政府の対話相手である北朝鮮政権をどう変化させるのか、北朝鮮の軍事的脅威をどう管理するのか実効性ある戦略が皆無」とし、尹氏が演説で提案した南北対話協議体についても「(統一を否定した)北朝鮮が呼応する可能性はほとんどない」と手厳しく指摘している。
一方、対北融和派で議会多数を占める野党陣営は、歴代大統領が日本批判をしてきた光復節演説で尹氏が日本批判をせず、北朝鮮問題に終始したことに噛(か)みつき、統一構想についても「結局は吸収統一を主張したもので、極右勢力糾合用としか思えない」(院内報道官)と批判。革新系野党「祖国革新党」の曺国代表も「親日を北朝鮮で覆い隠す薄っぺらなトリックだ」と酷評した。
国内の3~4割を占めると言われ、発信力が強い対北融和派を代弁するメディアや専門家も「自由を前面に出せば北の尹政権に対する敵対心を煽(あお)る」「破綻した南北関係の改善がないまま発表した統一構想に北が応じるか懐疑的」など北朝鮮配慮が目立つ。
そもそも統一については韓国国民の関心が低いことが壁になっている。政府系シンクタンク統一研究院が今年6月にまとめた「統一意識調査」によると、「南北が戦争なく平和に共存できるなら統一は必要ないか」の問いに「必要ない」と答えたのが57・7%に達し、「必要だ」(25・6%)の倍以上だった。16年以降、「戦争なき南北平和共存」、すなわち戦争さえ起きなければ統一は必要ないと考える人はおおむね増え続けている。
また統一の必要性について世代別に聞いたところ、1991年以降に生まれた若者だけが、「必要ない」(53・5%)が「必要ある」(46・5%)を上回った。若者の統一に対する消極的姿勢は今後の統一議論に少なからず影を落とすとみられる。