【ポイント解説】国民生活そっちのけで政争
「尹の8・15、李の8・18」とは尹錫悦大統領が8月15日の光復節(日本統治からの解放記念日)で行う演説と、8月18日に行われる野党共に民主党の全党大会で行う李在明氏のスピーチのことである。
韓国の国会は「根も葉もない弾劾、特検法政局」で空転している。野党は閣僚や検事に対する弾劾訴追を次々に繰り出し、また「海兵隊兵士殉職事件特別検事法」や大統領夫人の金建希女史「疑惑」などを追及する「特検法」も乱発している。そのため「民生法案、年金改革のような懸案」が一歩も前に進まない。
黄政美編集人のうんざり感が滲(にじ)み出ている。いっそのこと「今のまま」ケンカしていろ、その方が相手への敵愾(てきがい)心で党内はまとまるぞと皮肉を込めて書いている。むしろどちらかが態度を変えることの方が都合が悪い。変えなかった方が「相変わらず」の姿を国民に晒(さら)してしまうことになるからだ。
国民の生活そっちのけで政争を繰り広げる。厳しい国際環境、経済情勢を抱えながら、何とか舵(かじ)取りしようとする政府の足を引っ張る巨大野党。政府は政府で“素人大統領”が周りの忠告を聞かず、国民の声も聞こえず、力による対決だけを繰り返している。まるで「党争」で明け暮れた李朝時代のようだ。国民の生活は置き去りにされたままなのだ。
両者が国民にアピールする機会が今月半ばにある。かつて李明博大統領が「狂牛病事態」を抜け出し“生活の政治”に転換したのも光復節の祝辞を通してだった。韓国政治の要に座る「尹と李」のどちらが局面を変えるアピールを発することができるか。
黄編集人は米大統領選の候補者による討論に擬(なぞら)えて、両者会談を呼び掛けている。己の状態を悟って身を引いたバイデン氏の例もある。国民の前で討論してみるのも一つの方法だがどうか。(岩崎 哲)






