
日常的に守る基本に戻れ
最近、日本社会の話題の中の一つは観光だ。今年、日本を訪れた外国人の数は4月で既に1000万人を超えた。通りにあふれるほどの観光客はこの国の活気を増している。
同時に“オーバーツーリズム(観光公害)”は大きい悩みの種だ。ごみ無断投棄、交通秩序違反、環境破壊、私有地侵入などの問題が相次ぐと、観光客からもっとお金をもらう二重価格制の導入まで議論して、「観光客減らし」に乗り出す地方自治体が続々と登場している。
オーバーツーリズムで疲弊する代表的な場所が富士山だ。記念撮影の名所に挙げられた山梨県河口湖のあるコンビニエンスストアの前には、富士山の景観を隠す黒いカーテンが登場して話題だ。
地域住民たちが感じる不便はどれほどであろうか。今年2月、冬の観光地として有名な北海道に家族旅行に行って聞いた迷惑な自動車の警笛音を忘れることができない。旅行2日目「クリスマスツリーの木」で有名な美瑛町を訪ねた。クリスマスツリーにすればちょうどいいような一株の木が雪に覆われた緩やかな曲線の丘と調和した絶妙な雰囲気で有名になったようだ。
観光バス数台から降りた100人にはなりそうな観光客がその木を背景に写真を撮るのに余念がなかった。旅行の楽しさでウキウキしていたその時、車のクラクションが遠くから聞こえて、だんだん近づいて来た。観光客が集まったところを猛スピードで通り過ぎ、視野から消えるまで1分ほど続いた警笛は、田舎の村の閑静さとはあまりにも懸け離れており、非現実的に感じられるほどであった。車であふれる東京はもちろんソウルでも聞いたことがないその音は、機械音にも感情を込めることができることを教えてくれた。観光客に向けられた敵対感の表現としか解釈できなかった。
日本だけでなく世界各地の有名観光地がオーバーツーリズムでひどく疲弊している。居住民も観光客も、共に不快なこうした状況はなぜ起きたのだろうか。
何か特別なことが原因ではない。ごみを指定された場所に捨てる、横断歩道で道路を渡る、他人の家にむやみに入らない、等々はあまりにも当然で、改めて強調することもない。自分の暮らす地で日常的に守る基本だけ思い起こせば、オーバーツーリズムによる問題は相当数解決することができる。
これに観光客の分散、交通体系の変化あるいは拡充、厳格な取り締まりシステムの整備など、当局の措置が加わらなければならないが、二重価格制とかカーテン設置とかいうのは心が狭く、行政の近視眼的な対応を踏襲したように思えて仕方がない。実効性、持続性を担保できるかも疑わしい。観光地としての魅力を自ら消し去ってしまう一種の自殺行為でもあるからだ。
(姜具烈東京特派員、7月5日付)