
韓国では今年11月に迫った米大統領選でトランプ氏が再選を果たした場合、北朝鮮の金正恩総書記との首脳会談がまた行われるのではないかという観測が広がっている。ただ、2人の会談が北朝鮮非核化という大きな目標を見失ったまま行われることへの危機感も根強い。(ソウル上田勇実)
トランプ氏と正恩氏の初会談は2018年6月にシンガポールで、2回目会談は19年2月にベトナム・ハノイでそれぞれ行われた。初会談は「世紀の出会い」などともてはやされ、「朝鮮半島の完全非核化に向けた努力」を盛り込んだ共同声明が発表された。
しかし、ハノイ会談では北朝鮮の非核化に向けた具体的措置と米国が見返りとして応じる制裁緩和を巡り双方の意見が折り合わず、決裂した。米朝首脳の橋渡し役を喜々として買って出た韓国の文在寅大統領に対し、北朝鮮は後に「だまされた」という思いを吐露し、一時は平和ムードに酔いしれた南北関係も一気に冷え込んでいった。
ハノイ決裂から5年たった現在、制裁緩和を引き出せなかったにもかかわらず、北朝鮮の体制は持ちこたえている。国際社会の非難を尻目に核・ミサイル開発に邁進(まいしん)し、周辺国の脅威は増すばかりだ。こうした中で韓国の安全保障専門家の間では、トランプ氏が再選した場合に予想される米朝首脳会談を巡り議論が活発化している。
情報機関傘下のシンクタンク国家安保戦略研究院はこのほど発表した報告書「米大統領選による韓国の安保リスクおよび対応方向」で、「トランプ氏再選ならかつて北朝鮮との首脳会談を実現させた経験を生かし、ハノイ会談よりさらに破格的交渉を試みる可能性がある」と指摘した。
報告書は、トランプ氏が「5年前の会談を教訓とし、全く異なる方向の対北政策を駆使する可能性もある」としながら、「米政権には北朝鮮と交渉する意思がある一方、北朝鮮核問題への対応疲れもあり、核軍縮交渉を提案するかもしれない」と述べている。
すでに米国内では、ここまで核開発を進めてしまった北朝鮮を核保有国として認めざるを得ないとする意見もあるが、韓国では外交部を中心に「保有国非容認論」が根強い。核保有国・北朝鮮と常に対峙(たいじ)しなければならない国民の心理的圧迫感は相当なものだ。
また徐正健(ソ・ジョンゴン)・慶煕(キョンヒ)大学教授は今年4月、報道関係者でつくる「寛勲クラブ」が主催して開かれた時事討論会「米大統領選と朝鮮半島」で、トランプ氏と正恩氏の再会談を「最悪のシナリオ」と指摘した。
徐氏は「米国だけ守ればいいと考えるトランプ氏は、米本土への攻撃が可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)さえ放棄すれば、制裁を解除し、核保有を容認する方向で交渉する可能性がある」とし、「韓国はそれにどう備えるか今から悩まなければならない」と述べた。
北朝鮮核問題に詳しい金泰宇(キム・テウ)・元統一研究院長は、本紙取材に「トランプ氏再選は韓国にとって損ばかりではない」とし、次のように述べた。
「大量破壊兵器を中心に見た南北軍事力は非対称だが、これを緩和させるには北朝鮮完全非核化の次善策として、これ以上造らせない北朝鮮核凍結もある。北朝鮮の核保有を認めないと言い張ったところで現実は何も変わらない。トランプ氏は核保有国同士、対等な関係で軍縮交渉に望む可能性があり、北朝鮮の核脅威が減るのであれば凍結もありではないか」
正恩氏は先週、24年ぶりに訪朝したロシアのプーチン大統領と会談し、侵略を受けた場合に相互支援する新条約に署名、反米の砦(とりで)をさらに強固なものにした。だが、国際情勢を見ながら常に硬軟併用で敵対国を翻弄(ほんろう)してきた北朝鮮だ。トランプ氏再選を想定してあれこれ皮算用をしていることだけは確かだろう。